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Repoort by J (JULY.2004)
♪♪♪ミュージシャンへの道 (1)★★★♪
初めまして、ロンドンでミュージシャンをしているJです。
本名は違うんですが、イギリス人は皆名前を発音出来ないんでこう呼ばれてます。
今までロンドンで3年間音楽活動をして、イギリス人とバンドを組んでバリバリやれ
るようになるまでの経緯をちょっと紹介しようと思います。
日本からミュージシャンを目指してやってくる人、そうでなくとも、イギリスに来る
人達になにか参考になればと思います。
まずロンドンで音楽カレッジに1年通っていた時の事を紹介したいと思います。
僕は18の時、高校卒業と同時にロンドンに来ました。
始めは語学学校に入ったんですが、カレッジの事はどこに入学するかも何も考えてい
ませんでした。
とりあえず僕は学校で勉強するよりは、友達を作って遊んで英語を伸ばしました。
まぁ、何回か壁も出てきますがあまり気にしないで過ごしてれば勝手に消えていきま
す。
カレッジを決める時は、ホットコースという、分厚い雑誌が本屋で売ってるんです
が、それを参考にするといいと思います。
経済、哲学とか堅いとこから、音楽、アート、ダンス、ファッション・・・・
なんでもあります。それかやっぱりインターネットですね。
行きたい学校を決めたら、僕は片っ端から直接行ってみました。それが一番いいと思
いますよ。
俺は3,4校くらい行ったかな?それで1つのとこに決めました。
それで入学試験を受けるんですが(無いところもあります)、僕はもうロックしか
やった事がないってヤツだったので焦りました。
イギリスで音楽学校に行こうとするようなミュージシャンは、なぜかほぼ全てのジャ
ンルを出来るようになろうとします。
僕は入学試験のとき「ま、どうにかなるべ」と思って行きました。
着いてみたら、ロック、ブルース、ジャズ、ファンク、ダンス、レゲェ・・・焦りま
した。
正直にわからないって言ったら、先生が口で言ったりしてくれて叩きました。
ま、結果的にはなんとかなったんですけどね。で、入学しました。
続く・・・。
♪♪♪ミュージシャンへの道(2)★★★♪
どうも、Jです。少々沈黙していましたが、久しぶりです。
前は学校に入学したところで終わりましたよね。
僕は日本に居た頃から学校は大嫌いでした。けど、やはりやりたい事を習いに行くの
は違いますよね。
専門学校でも生活はかなりハードでした。
まず最初に入学式があったんですが、先生のデモンストレーションで始まりました。
その先生は元、ジャミロクワイと言うバンドのドラマーだったんですが、この世も物
とは思えないくらい凄かったです。
実際その先生の授業が一番ためになりました。
入学式の後にクラス分けのためのレベル審査がありました。
この学校は、ギター科、ベース科、ボーカル科、エンジニア科もあるんですが、なぜ
かドラム科に一番力を入れてて、僕の年は85人程居ました。
1が最高で8が最低レベルで、僕は3でした。まぁまぁでしょ?
日本人のドラマーは僕ともう1人居たんですが、ソイツの事はまた後で書かせてもら
いますね。
僕は、「ミュージシャンは楽器で会話するんだ、英語なんかそんな必要じゃねぇ!」
なーんて思ってたんですけど、僕が感じた事は正直言って、
この国ではまず英語を話せないと、どんな可能性も、チャンスも巡ってこない。
ということでした。
話しが飛ぶけど、僕にとって最高の英語勉強方は、ひたすら遊ぶ事です。もちろん外
人と。
1人でパブやバーに飲みに行くと、日本人に興味があるような人が寄ってきたりする んですよね。
で、ひたすら話す。お酒が回ってくるとさらに話す(話しちゃう)。
これが一番だと思います。前にも言ったけど、僕は学校嫌いなんで、語学学校もあまり好きではなかったんで。
では話しをカレッジに戻しましょう。
ここは1から3学期に別れていました。
1学期はロック・ブルース。
2学期はファンク・レゲェ・ポップス。
3学期はジャッズでした。
R&B、Drum'n'Bass、Hip Hop,Technoなどは全部の学期で別の授業があります。打込み
の授業もありました。
僕は電子音が入る音楽は大嫌いだったんですが、意外と自分で作ったりすると楽し
くって大好きになりました。
Hip Hopなんかは、歴史とかも学びます。これも、なかなかでした。おかげで日本で
流行でああいうカッコをしてるのが腹たったりしました。
ここで知ってたらいいんじゃないかというのをいくつか教えてあげますね!
知ってる人もいるかも?
・片足のズボンの裾をまくりあげること
これは、「俺達は銃を持っていない」という意味です。
昔は黒人の人は色々な意味で弾圧されてきました。殺人事件など起きるとすぐに黒人
が疑われました(残念ながら今でもそういう事はありますが)。そこで彼らはこう やって無実を主張したんです。
・金で出来たアクセサリーをたくさんつけること
これは、「俺達人間の価値は永遠に変わらない」という意味です。
黒人は奴隷制度の頃から、価値のないものとして扱われてきましたよね。
そこで、この世で唯一、永遠に価値が変わらないと言われている金を身に付けて、俺
達黒人種も同じだ! という事を主張したんです。
こんな感じの事を学ぶんですよね。あ、後音楽理論なんかもやります。
残念ながら、僕は卒業してから全くやらなかったのでかなり忘れちゃいました・・・・。
先生の紹介をしますね、皆さんも知っているかもしれない名前であげると、
ジャミロクワイのドラマー、マドンナのドラマーなんかが先生でした。
彼らはほんっっっとにやばかったです。
もう人間じゃないって感じ。
ギター科なんかは、ブライアン・メイとやってた人、ブラックサバスとやってた人、
ポール・マッカートニーと
やってた人・・・挙げれば切りないです。
こういう事はあんまり言わない方がいいのかもしれないですけど、
ある程度の差別は覚悟していてもいいと思います。僕も軽くされました。
人生初、いじめられた感じでした蹴ったり殴られたりじゃなくて、「なんだこの日本
人は?」って目で
見られたりするんですよね。僕がその時英語が下手過ぎたのもあるかも?
ま、友達になった奴も居たりするんで大丈夫です!気合で頑張りましょう。
学校で何が大変かって、行くのが大変でした。毎学期時間割が変わるんですけど、
先生がプロなんで、彼らのスケジュールに合せて時間割が組まれてるんですよね。
だから一番ひどかったのは、朝10時から1時間半、授業して、その後休み時間が6
時間(!!)あって、
また授業、でまた2時間の休み。なんて時もあったりしました。ま、週に1日くらいですけどね。
あと、やはりここはロンドンなんで、地下鉄やバスが来ない事もよくあるんで。
しかも僕が使ってた地下鉄のラインがエンジン爆発起こして6ヶ月くらい動かなかっ
たんですよね。なんてこった。
じゃ、この辺で今日は終わって、今度はもう一人居た日本人ドラマーの話しから始め
ますねー!
今回は僕のロンドンで1番の友達の一人である日本人ドラマーの話からしますね。
名前は伏せますけど、彼は僕より5つ年上なんだけど、もうタメのように話してます。
僕はロックドラマーなんですけど、彼はファンク・ジャズなどをやってます。
日本では17の時に一人で東京に出で、人の力も一切借りずに日本の音楽の専門学校
を卒業したという凄い奴です。しかも毎日、朝・夕の新聞配達をしながら皆勤賞!
彼には1年間ドラムを教えてもらったりして世話になりました。
イギリスは凄い奴等が沢山いますよ。
まぁそんな感じでカレッジでの1年間はあっという間に過ぎました。
カレッジに行っていた途中からバンドを探し始めてて、卒業の3ヶ月前に遂にバンド
を組む事ができました。
”www.loot.com
”というサイトがあって、そこで探しました。
実際、この国でも本物は凄く少なくて、30バンドくらい見てやっと・・・ってとこでした。
彼とはもう2年以上の付き合いになりました。
実は(こういうとこで言っていいのかわからないですけど)
バステッドというバンドのチャーリーって知ってますか?今かなり有名だと思うんで
すけど・・・。
まぁとにかくチャーリーのお兄さんと一緒にやってたんですよね。
ちなみにベーシストも日本人でした。ロンドンのあちこちのライブハウスでソールド
アウトを 出すくらい人気だったんですよ!よければウェブサイト見てみて下さい。
www.brigaderock.com
見た人は気づいたと思うんですけど、僕はもうそのバンドを辞めてます。というの
は、新しいバンドに入る為なんですけどね。前のバンドはファンが女の子のみで、皆音楽を聴きに来るんじゃ
なくて、僕等の顔を見にくるか、話に来るかだって感じるようになって。それじゃロックバン
ドはダメですよね。
今は彼等は新しいドラマーとやってます。それが大体4ヶ月くらい前かな。
付け加えて、今でも皆とは友達ですよ、もう一緒にプレーする事はないですけど。
それじゃ、ここから今のバンドの紹介をしますね。
今のバンドはThe Delta Bluesというバンドです。
www.thedeltablues.co.uk
ウェブサイトで3曲聴けるんで、よければ聴いて見て下さい。
まだ出来たばかりのサイトで、ちょっとしょぼくてごめんなさい・・・。
Big Countryっていうバンド知ってますか?
20年くらい前のイギリスのバンドで、アメリカ、イギリスを初め世界中でチャート の1位を取ったバンドです。
そのバンドのシンガーがスチュワート・アダムソンと言う人なんですが、その人の息子さんのカラム・アダムソンと、
今は一緒に活動しています。かなりいい感じです。今はソニーと契約の話もしていま
すが、なにせこの業界は物事が進むのが遅くて・・・。
ここで一回話題を変えて、ちょっと音楽業界の話をしましょう
きっと皆さん知らない事もあるので教えますね。
まず、レコード会社の活動期間(ここでは新しいバンドと契約するって意味で)
は4月から11月までなんですよね。だから年末は大体ミュージシャンは休業です。
というのは新しい予算が組まれるのが4月で、バンドとの契約が始まりますよね。
簡単に契約と言っても、何ヶ月も話し合いが行われてするわけですし、契約金も凄い
大金なわけです。
そんなこんなで11月にはもう契約金を払うお金は無くなってるんで、僕等みたいに待たされるんですよね。
冬は寂しい季節です・・・。マジで。
僕の友達の日本人ベーシストが遂に契約にこぎつけたんですけど、
かなりの契約金を貰ったそうです(おめでとう!)。彼はもう33歳で長いこと頑
張ってきたのが報われた形です。あ、ちなみに言ってなかったと思いますけど、僕は今年21歳になったとこです!
インディーズとメジャーではまた仕組みが違うんですけど、上はメジャーの場合です。
インディーズはもう契約は速攻の時もあれば、遅い時もありますんで、まちまちです。
サンクチュアリなどの大手のインディーズは契約金もはずみますし、基本給も契約内容によってはちゃんとでます。
僕が過去対バンしたバンドで、契約してるけど、給料は週に5ポンド(1000円くらい)なんて奴等もいました。
それじゃあプロとは言えないですよね。
メジャーになると、まぁアイドルとバンドは全然違うと思うんですが、基本給が50万円くらいで、印税、テレビ、
ラジオ、雑誌なんか収入が入るんですけど、基本給より全然額が超えちゃいますよね。凄いっす。
こうなる為に皆頑張ってるんですけどね。
皆考えるんですけど、インディーズで、誘いが来たらパっと行くか、それともメ
ジャーを狙って頑張るかも選択なんですけど、難しいところです。メジャーは印税
の%が数%とかなんですけど、 インディーズは凄いです。その代わり、宣伝とかその他もろもろがホントにちゃんと
してるか怪しかったりしますよね。
そういう事を悩めるようになったらかなりいい方ですね。話が全くないのが当たり前ですから。
まず、この国のバンドで、本気、というか、行けそうなバンドはアマチュアでも皆マ
ネージャーが居るんですよね。
もちろん僕のバンドもマネージャーが居ます。前のバンドもいました。最悪のマネー
ジャーなんかもいますけどね。
前のバンドのマネージャーは・・・・わかりますよね?
口ばっか達者で何もしないような奴と契約しちゃったらもう最悪。収入(今の僕等は
ギャラ)の20%を持ってかれるんですから。あ、こっちのライブハウスは演奏したらギャラもらえます。日本
みたいに演奏するためにお金を払うなんてありえません。
で、皆言うんですけど、もし申し分の無い最高のマネージャーを手に入れられたら、
デビューまでの戦いは半分は勝ったようなものです。それくらいマネージャーは大事です。
レコード会社のA&R(スカウト)を呼ぶのも、契約交渉を主にしてくれるのもマネージャーです。弁護士を選ぶのもね。
どうですか?日本と結構違うと思いませんか?
もしこれを読んでる人で、ミュージシャンの人が居たら、海外にでるのをおすすめします。
たしかに、日本人にとって厳しい局面もありますけど、そのかわりチャンスもごろごろあります。
ミュージシャンのレベルも半端じゃなく高いですしね。
何回か僕が書いた記事(と言っていいのか?)楽しめましたか?
また何か面白い事書けそうだったら書きますね、ではまた!
p.s. もしなにか聞きたい事があればここまで!
drummer_j@hotmail.com
p.p.s. 読んでくれてどうもー!
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