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アフリカ

Repoort by NAO (MAY..2004)

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◆アフリカ体験旅行記(1)◆
   −なんで、南アフリカ?
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「南アフリカは、世界で最も美しい国よ!」。これは、イギリスの、ワイト島に住
む、私が最も尊敬する、ある先生の言葉。

私が、イギリスボランティアホリデーのための研修中のときの話である。彼女は、南
アフリカ共和国出身の、自然をこよなく愛するディー先生。

授業中、何度となく出てくる母国南アフリカの話。南アフリカの花や、動物達を取り
上げた、ビデオまでもってきてくれて、熱心にアフリカの事を語る先生、に・・だん
だん、洗脳され・・・私達は、冗談で、「じゃあ、ボランティア終わったら、いっと
く〜(アフリカに)?」などと、笑いながら話していた。

しかし、これが現実になる日がまさか、まさか、本当に・・・やってくるとは・・・
・。

 ボランティアも残すところ、3,4ヶ月となった頃、アフリカ行きの熱が冷めない
私達は、とうとう、本格的に情報収集し始めた。
インターネット、旅行会社のパンフレット集め。日本の母に頼んで送ってもらったガ
イドブック。新聞の旅行広告のチェック。そして、ディー先生にも、アドバイスをも
らおうと、すぐにメールで連絡した。
 
まずはじめに候補にあがったのは、新聞で見つけた、南アフリカ専門の旅行会社。
なんと、2週間で699ポンド(約14万円)。アフリカにしては破格だ。しかも、エア
チケット代(イギリスから)と、ホテル代込み、というもの。場所は、最もメジャー
な都市、ケープタウン。先生の故郷でもあるところだ。それにオプションで野生動物
のサファリのできる国立公園などをつけても、20万くらいでいけるかな〜なんて、
思っていた。

しかし、この計画はすぐに没になっていった・・・。

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◆アフリカ体験旅行記(2)◆
   −絶対行かなくてはいけない場所
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南アフリカを2週間でまわろうというのが、短すぎる・・と感じ始めた理由は、3
つ。まず、ディー先生からは、すぐにメールの返事が来た。彼女は驚くほど私達の南
アフリカ行きを喜んでいた。
そして、それなら是非ここだけは訪れてほしい・・・という場所を3つ紹介してくれ
た。

まず1つ目は、先生の故郷ケープタウンにある、テーブルマウンテン。ワイト島で、
先生が見せてくれたビデオに出ていた山だ。名前のとおり、テーブルのように、平ら
な山だ。ケープタウンのシンボル的存在で、頂上からは、ケープタウンと、海が一望
できる。ここに登らなくては意味がない。

そして2つ目は、クルーガー国立公園。南アフリカ最大規模の大自然公園。
広さは日本の四国に相当する。しかも、野生動物の種類と数は、なんと世界最多。こ
こも見逃せない。

そして、3つ目は、ケープタウンから、東へ海岸沿いを走る、ガーデンルート。
名前のとおり、この海岸道路沿いでは、森や湖、渓谷、砂浜、など、美しい景色が
次々と展
開されるという、先生の最もお気に入りの場所。このガーデンルートの途中の、プ
レッテンバーグ・ベイというところに、先生のお兄さん夫婦がB&B(朝食つきの民宿)
をしているということで、行くなら是非たずねてみたらいいよ、っと、丁寧に連絡先
まで教えてくれた。
 
そして、私達が2週間を予定している・・・と書いたことに関しては、きっぱりと、
「短すぎる!!」と。ここはアフリカ。スケールのでかさも去ることながら、電車や
長距離バスで自由に周れるヨーロッパとは、わけが違うらしい。
 
更に大幅に私達の予定を変えたもの。それはガイドブックだ。
母から送られてきた‘南アフリ‘と書かれた本には、丁寧にも、ジンバブエ、ボツワ
ナ、ナミビア、スワジランド・・・などの周辺諸国まで、載せてあったのだ。
 
とりあえず・・・と、読み始めたガイドブック。
行きたい候補のページに印を付け始めと・・・・・恐ろしい数に。
先生の教えてくれた3箇所のほかにも、、喜望峰のある、ケープ半島、野生のペンギ
ンやオットセイのいる海岸。

そして南アフリカで忘れてはならないのが、アパルトヘイトの悲しい歴史。ネルソン
マンデラ氏がとらわれていたロビン島。
実際に、旧黒人居住区を訪れるタウンシップツアー。

そして、周辺国には・・・・世界三大瀑布のビクトリアフォールズ、グレート・ジン
バブエ遺跡。
ボツワナに広がる、巨大なオカバンゴ湿地帯。ナミビアのナミブ砂漠。
アメリカのグランドキャニオンの次に大きな渓谷、フィッシュリバー・キャニオン、
等など・・・
・行きたいところが、ごろごろ。

どーせアフリカまでいくのに、妥協なんて出来ない。
行きたいところは行く!
そうして、2週間という当初予定を完全に無視して、私達のルート作りは始まって
いった。

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◆アフリカ体験旅行記(3)◆
   −ルート作り
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二人で持ち寄った、たくさんの旅行会社のバンフレットの中で、価格、ルート共
に、特に目を引いたのが、‘STA travel(エス・ティー・エー・トラベル)

‘.(*1)。世界各地に支店があり、バックパッカー(リュックサックひとつで個人旅
行をする人達)や、学生に人気のある旅行会社のひとつである。

アフリカを取り上げた、そのパンフレット、南アフリカだけでも様々なルートがあっ
た。その中で、私達が絶対にはずせない、という場所をカバーしているプランを、何
個かピックアップし
た。
 
ここで注意したいのは、南部アフリカ、特にジンバブエ、ボツワナ、ナミビアは、
非常に交通の便が悪い。手付かずの大自然を見て周るのだから、電車などが通ってい
るわけもなく、独立の歴史の浅いこの国々で、観光用にバスが用意されている訳もな

・・・個人で周る人には頭の痛い問題。

そこでおすすめなのが、オーバーランド・トラックツアーだ。

ツアーといっても、いわゆる旅行会社のするツアーとはまったくことなり、移動はト
ラックの荷台部分がバスになったような車で、道中必要なキャンピング・グッツ、食
料、テントなどを全てその車に詰め込み、まわるツアーだ。

主にキャンプ場でテントを張りながら周る物(安い!)や、ロッヂ泊のもの、値段を
気に
しない場合なら、高級ロッヂに泊まりながら周るツアーもあり、予算に合わせて選ぶ
事ができる。
 
私達はもちろん貧乏旅行なため、キャンピングのほうだ。それでもルートは様々
で、南部アフリカを丸ごとくるっと周遊する40日間以上のものもあれば、6日間程
度の短いものもあり、出発地も、ケープタウン、ヨハネスブルグ、ビクトリア・
フォールズ、など色々。

日程、ルートを考え、これらのツアーを組み合わせて周る、というのが、最も無駄な
く周れる手段だ、と私達は考えた。
 
このSTA travelのパンフレットに載っていたオーバーランド・トラックツアーの多
くは、Acacia(アカシア)(*2)という、アフリカの旅行会社のものだった。

参加者の多くは、オーストラリア人、カナダ人、イギリス人、アメリカ人等欧米から
で、日
本人は今のところ少ないようだ。

ドライバーや、ガイドをかねるスタッフは、現地の人で、全ての説明は英語でされ
る。なので、英語が全くダメな人には理解するのが少し困難かもしれないが、スタッ
フも、ツアーメンバーも、私達が日本人・・・という事で、あとでもう一度ゆっくり
説明してくれたり、わかった?っと、きにかけてくれたり・・・とても親切だった・
・・ので、必要以上に気にする事はないだろう。
 

さて南部アフリカは、オーバーランド・トラックツアーでまわるとして、南アフリ
カ共和国、のほうは、比較的長距離バスなどの交通が発達している。せっかくなの
で、それらを利用して、自分達で自由に周ってみることをおすすめする。

その中で面白い物のひとつして、Baz Bus(バズ・バス)(*3)がある。
これはケープタウンから、ヨハネスブルグまでを、東海岸沿いに走る、乗り降り自由
の、乗り合いバスのような物。あらかじめ区間を選び、その分のチケット(片道・往
復あり)を購入したら、あとは、その区間内どこでも乗り降り自由。そして嬉しい事
に、泊まっている宿
(主にバックパッカー宿)まで連れて行ってくれるので、思いリュックを抱えた個人
旅行者にはとてもありがたい。

どこで乗り降りするかは、2日前までに電話で予約すればいいので、現地でであった
バズ・バス旅行者たちはみんな、他の旅行者と話した中で、「ここがよかった」や、
「ここの宿がお奨めだ」などの情報を元に、自由にその場でプランを考えて周ってい
た。

このバズ・バスのルート沿いには、ガイドブックでも紹介されていないマイナーなと
ころも多いが、その分、ありのままのアフリカの自然を感じることが出来るようなと
ころがたくさんあるので、できるだけ多くの場所で泊まりながら移動する事をおすす
めする。

ただし、普通の長距離バスに比べると、値段は割高なので、移動の為だけに使うなら
ローカルバスを使ったほうが早くて安くて便利だ。
 

これらの要素をとりいれながら、何回もボランティアの合間をぬって集まり、とう
とう私達の南アフリカ旅行のルートも、固まりつつあった。

STA travel のお兄さんとも相談し、結局日程は、全部で36日間。南アフリカのヨ
ハネスブルグから入り、オーバーランドトラックツアーを、2つ組み合わせて、ジン
バブエ、ボツワナ、ナミビアをぐるっとまわり、ケープタウンへ。そこから、バズ・
バス往復券で、東海岸沿
いの町を点々と、周りながら、ポートエリザベスへ。そして、最後に再びケープタウ
ンを堪能し、帰るといったものに固まった。

(*1 )STA travel   http://www.statravel.co.jp/ (日本語)
   学生と、25歳以下の人には10%割引があるので、かなりおすす     
 め。ツアー内容も、一風変わった物が多く、個人旅行者の強い味方、といった感
じ。外国人の為の日本へのバックパッカー旅行のプランなどもおもしろい。
   
    
(*2)ACACIA   http://www.acacia-africa.com/  (英語)
   パンフレットには載ってない、ウェブサイト割引もあるのでチェック。

(*3)BazBus http://www.bazbus.com/  (英語)
   実際のルートや、時刻表、このバスが連れて行ってくれる宿のリストもある。

 

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◆アフリカ体験旅行記(4)◆
   −ワクチン攻め
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旅程が決まったら、早速準備に取り掛かった。この時点ですでに出発の日の2ヶ月
前を切っていた。

まず、絶対に、はじめに取り掛からなくてはいけない事、それは予防接種。

小学校以来、耳にすることも少なかったこの言葉、できることなら、避けて通りたい
・・しかし、絶対に避けられない。とりあえず、不安な気持ちのまま病院へ。
せいぜい1,2本打って、はい終わり、だと思っていたが、結果は予想を絶するもの
だった。

南部アフリカを旅行するのに必要なワクチン接種の数は、だいたい5〜7種類。
これだけでも、一気に気持ちが落ち込むが、1種類1回で終わるとは限らない。
中には期間をおいて3回も受けなくてはいけないものもあり。1回ですむと思ってい
た私の考えは甘いと、思い知らされた。

ただ、南アフリカでも、ケープタウンなどの都市だけに行く場合は、ほぼワクチン接
種は必要ない。しかし、動物達のいる国立公園や、湿地帯、キャンピングに行く私達
に必要なワクチンは全部で7類あった。

内容は、破傷風、ポリオ、髄膜炎、A型肝炎、B型肝炎、狂犬病、チフス。病名を聞い
ただけでも,頭が痛い。初めて病院へ行った日。早速、A型肝炎と、チフスを打たれ
た。
注射事態は、思ったより痛みはなく、針でつついた程度。少し気持ちは楽になった。
ラッキーな事にイギリスでは、予防接種は、狂犬病以外は無料だった。

しかし厄介なのは狂犬病で、90ポンド(約1万8千円)もする上に、はじめの摂取
から7日
後、21日後と、全部で3回もうたなくてはいけなかった。看護婦さんは、「狂犬病
は、たとえば野生の動物にかまれても、すぐに病院などにいける場所であれば、打た
なくても大丈夫だ」、といわれ、「キャンピングする場所に近くに病院はあるか?」
と、聞かれたが、行った事もない場所の事がわかるわけもなく・・・旅行会社のお兄
さんにも聞いてみたが、「僕も行った時はうけたよ!」と笑顔で言われ・・・、泣く
泣く、うけることにした。

B型肝炎については、はじめの注射から、6ヶ月にわたり、3回受けなくてはいけな
いらしく、すでに出発まで1ヶ月半ほどしかなかったため、今回は受けられなかっ
た。B型肝炎は、血液を通して感染する確立が高いため、そういう場所に近づかない
ように気をつけなさい、といわれた。
 
そしてワクチン注射のほかにアフリカで予防が必要な事、そう、マラリアだ。

蚊によって感染し、手遅れになると死にいたる事もある恐ろしい病気だ。
これは、ワクチン接種ではなく、タブレットを飲むのが一般的だ。種類も何種類かあ
り、だいたいは出発の1,2週間前から飲み始め、旅行期間中と、帰国後4週間まで
飲み続けるものが多い。

毎日飲むタイプや、1週間に1回で大丈夫なものなどがある。だいたい病院で紹介し
てもらい、薬局で購入する。
私は1週間に1回のタイプの物を選んだ。

 看護婦さんからこれらの説明を受け、摂取したワクチンを記録していく、ワクチン
手帳をもらい、本当に、アフリカにいくんだなぁ〜という、実感が急にこみあげてき
た・・・と、同時に、これだけのワクチンや、タブレットが必要なほど危険な国であ
るという不安もおし寄せてきたのだった。

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◆アフリカ体験旅行記(5)◆
   −治安
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実際に、旅行計画を進めていく上で、航空券を探していると、ふと疑問に思うことが
ある。
同じ南アフリカ行きの飛行機でも、ケープタウンに飛ぶ便と、ヨハネスブルグ
に飛ぶ便では、同じ時期でも、だいたい、150〜200ポンド(約3〜4万円)
程、差がある。  この差は大きい。

しかし、個人でいく場合は特に、ヨハネスブルグには気をつけなくてはいけない。
治安が恐ろしく悪いのだ。

周りに人がいようが、関係なく、白昼堂々と、犯罪が起こっている。
世界で最も犯罪が多い都市だともいわれている。ガイドブックなどにも、異様なほど
に、危険である事が書かれている。

はじめは、半信半疑で、読んでいたが、実際ヨハネスブルグにすんでいた友達に、聞
いてみたところ、たとえ1泊でも、滞在しないほうがいいだろう・・・と、きっぱり。

特に観光客は、100%狙われると。

どんなに危険かは、実際に、外務省の情報や、ガイドブックを、見ていただきたい
が、全て大げさではない事は事実である。私達は、なるべくケープタウンからはいって、
ケープタウンから出るように、計画しようとしていた。

しかし、結局、日程と、飛行機の時間を、考えて、どうしても、ヨハネスブルグに2
泊しなくてはならない結果になっていた。

とりあえず、犯罪の集中している中心部から少し離れて、比較的治安のましなところ
にある、空港送迎のある宿を選んだ。そして、ヨハネスブルグに友達がいるという知り合い
が、「危なくないように、僕の友達に頼んで、1日観光連れて行ってあげるよ!」と、
いってくれたので、私達は、不安なまま、ヨハネスブルグ入りの計画を、進めていった。
 
ヨハネスブルグは、最も危険だといわれているが、だからといって、他のところが
安全という意味ではない。とくに、ジンバブエは、ヨハネスブルグと同じく、国全体
に、外務省より、`十分注意してください‘が発出されていた。経済も治安もまだま
だ不安定な国だ。
 
とにかく、日本での常識は、通用しない。どんな事も細心の注意が必要だ。
ガイドブックをはじめ、かなり色々な事が注意事項として書かれている。

旅行前、私の心は、期待と不安が、半分、半分。いや、不安のほうが、少し勝ってい
たかもしれない。ほとんどがテントと寝袋でのキャンピングの旅、蚊にかまれてもいけない、水も
氷も危ない、まだまだ知られていない新種のウイルスも、アフリカでは、何個も発見
されているらしい・・・、その上治安まで悪い。

そんなところに、日本人二人で旅行・・・。

果たして生きて帰ってこれるのか?そんなことまでうっすら考えていた。
 
そんな期待少し、不安ほとんど・・・な感じで始まった私達のアフリカ旅行。私達
が実際に見て、感じたことを、そして、不安以上に、大きな感動がある、という事
を、すこしづつ、すこしづつ、これから紹介して行きたいとおもう。

アパルトヘイトなどの複雑で悲しい歴史のおかげで、今まであまり訪れる機会のな
かったかもしれない、南部アフリカ。

しかし、そこには今まで見たことのない景色、動物、人々、様々な感動をあたえてく
れる要素が、たっぷり詰まっている。私達のきっかけをつくってくれたディー先生は、私達に、
何度も、"I promise you that you will NOT regret it!"(絶対に後悔しない!)と、言って
いたが、それは、本当だった。続く・・・。

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◆アフリカ体験旅行記(6)◆
   −恐怖のヨハネスブルグ
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 1月19日。23:30。ロンドンから、予定より45分遅れてアフリカ大陸へ
入った。
途中飛行機の窓からは、永遠と広がるサハラ砂漠が見えた。
砂丘のようになったところや、ただただ、真平らなところ、波のように模様になった
ところなど、様々だったが、長い間、その景色は続いていた。
着いた時には、真っ暗で、小雨が降っていた。

空港に降りると、真冬のロンドンとは違って、なんだか湿度の高いもわっとした空気
が漂っていた。到着出口で、今晩泊まる宿のお迎えのお兄さんを発見した。

普通の黒人のお兄さんだったが、飛行機が結構遅れたためすでに疲れた感じだった。
ガイドブックにも、友達にも、ここの空港での両替は、100%狙われるから、して
はいけない、と、言われていた。

しかし、現金を全くもっていなかった私達は、やむを得ず、少しだけ、両替する事に
した。
お兄さんに、両替したいので少し待ってください、と伝え、ドキドキしながら、両替
の列に、並んだ。

確かに、近くには、意味もなくうろうろしている怪しげな人が、たくさんいた。
夜中なのに。
両替が終わって、なんとなく私達に、近寄ってきた人が何人かいたが、すぐに私達が
、お迎えのお兄さんと一緒だとわかると、あきらめたように、戻っていった。

そして、お兄さんは、車をとめているという地下の駐車場に、私達を連れて行った。
まだ到着して、何時間かしかたっていない、その時、早速事件は起こった。

今まで、無口だが、いい人そうだったお兄さん。
突然、「車の鍵をなくした!」と、いって、きょろきょろして、ポケットなどを探り
始めた。
ただ私達を出迎えて、駐車場につれてきただけ。
鍵がなくなる訳がない。うそやーーー!っと、私達は内心不安に。
本当になくしただけなのか・・・それとも何かの罠なのか??

とりあえず、「もう一度探してくるから、ここで待っていてほしい。」と、地下の人
気のない
夜中の駐車場に、私達二人は置き去りに・・・。
正直、やばい・・・と思った。

お兄さんが去ったあと、こわ〜い、二人組みのような人らが来て、うちらは、目隠し
されて、どっかに連行されるかもしれない・・・と、本気で考えた。

だってここは、あの、ヨハネスブルグ。

そして10分くらい過ぎた頃・・・遠くから足音が…誰かきた!!…と思ったら、お兄
さんだった。やはり困った表情で,相変わらずポケットをごそごそしながら戻ってき
た。
やはり鍵はないらしい。

そして、車がロックされているのをもう一度確かめ、ため息をつき、「オフィスにで
んわしてくるよ・・・」と、ぼそっと。また私達は置き去りに。

これも、演技なのか??でもそれにしては、お兄さん、うますぎる。
どうやら、鍵をなくしたのは本当らしい。私達も、少し気が楽になった。
しかし、お兄さんの罠ではないとしても、こんな人気のないところに、荷物と一緒に
置き去りの私達。見知らぬ怖い人に、おそわれるかもしれない。
やっぱり、まだどきどきはおさまらない。

だってここは、あの、ヨハネスブルグ。

それから、かれこれ、25分くらいたった。
何も起きる気配はない。私達は、これも個人旅行の醍醐味?と、写真を撮ったりし
て、のんきに待っていた。

そしてお兄さんは、空港の警備員のような人ともどってきて、どこでなくしたのか・
・・などと、事情徴収されているようだった。

お兄さんは、「20分くらいで、他の人が、代わりに迎えに来てくれるから、もう少し
まってくれ」
と、うちらに説明し、また、警備員と消えた。そんなこんなで、すでに、夜中の1時
近く・・・。

ようやく、1台の車が現れた。そして中から、巨大なお腹の、欧米人風のおじさんが
出てきた。「本当に、すみませんな〜」と、陽気に謝るそのおじさん、
やはり、鍵をなくしたお兄さんの変わりに、きてくれた宿の人だった。

とりあえず、その車で、お兄さんもいっしょに、宿へ向かった。

お兄さんは、そのおじさんに、こってり、しかられているようで、へこへこ、謝って
いた。おじさんは何回も私達にあやまり、お兄さんは、怒られて、へこんでいるの
か、駐車場の駐車券も、ちゃんと入れられなかったり、アクセル踏むと変な音がした
りして、おじさんに、「車まで壊すなよ!」と、またおこられていた。

ちょっぴりそのお兄さんが、かわいそうに思えてきた。

そんなこんなで、深夜のヨハネスブルグの街を通り抜け、一路宿へ。雨上が
りの道路は、車や街の明かりが反射して、とてもきれいだったのを覚えている。

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◆アフリカ体験旅行記(7)◆
   −お勧め宿
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治安の悪い中心街を避けて、郊外の宿を選んだ為、しばらくドライブしたあと、よ
うやく今夜(今朝?)の宿に着いた。

Rits Backpackers (*1)だ。

入り口の門は、2重になっており、中の受付の人がロックを解除しなければ、中に入
れないようになっていた。

厳重なセキュリティだ。中は、アフリカンな雰囲気たっぷりだ。

私達は、個室がよかったのだが、丁度いっぱいで、ドミトリー(大部屋でベットがた
くさん並んだ部屋)で予約していたので、その部屋に上がった。

円形のその部屋。とてもかわいくて、8台の2段ベッドがくるっと部屋を取り囲んでい
た。

すでに、ほとんどの人が、寝息を立てて寝ていた。その中、私達は、リュックをごそ
ごそして、とりあえず、シャワーを浴びて寝た。何時くらいだったのだろう・・・・
すでに覚えていない。

翌日。この日は、丸一日フリーだった。

当初、私の友達の友達が、ヨハネスブルグにすんでいるので、観光案内してくれる・
・というよていだったが、結局、連絡が取れず。何も予定をきめていなかった。

とりあえず、昨日空港で少し両替したものの、次の日から参加するオーバーランドト
ラックツアーの、現地支払い分のお金(*2)をUSドルに換金しなくてはならない
為、銀行か、アメックスを探そうという事に。

昨日、車でここへ来た時、すぐ隣にショッピングセンターがあると、あのおじさんが
言っていた。とりあえずそこに行ってみた。

地元の人がうろうろしているその少し寂れた感のあるショッピングセンター、くるっ
と見たが、銀行などは見当たらない。

しょうがないので、歩いている人に、この辺に銀行はあるか、尋ねてみた。そうする
と、すぐこの先に、巨大なショッピングセンターがあるから、そこに行きなさいと教
えてくれた。

道路沿いをテクテク、進んで行くと、大きな建物がすぐ見えた。ここは
本当にアフリカなの??と疑いたくなるような、高級ショッピングセンターだった。

とりあえず、そこで銀行をみつけたが、やはり、アフリカで、USドルの現金に換金す
るのは無理らしく・・・。しかし、ここの4階にアメックスがある、と教えてもら
い、ようやくそこで、私達のトラベラーズチェックで、USドルを,ゲットする事が出
来た。

しかし、ここのアメックスも、窓口のガラスは、厚さ15センチくらいありそうな、分
厚いもので、お金の受け渡しも、わずかにあいた、指すら入らないような隙間からの
やり取りだった。強盗など、やはりおおいのだろうか・・・と、また少し不安になる
ような、厳重なつくりだった。

しかし、このショッピングセンター、ディスプレーなどもおしゃれで、買物している
人たちはみんな、いわゆる、上流階級のようなひとたちばかり。
黒人の人はほとんどいなかった。

もちろん、値段も、そこそこ。おしゃれな店では、日本と変わらないほど、いい値段
だ。

午後から、半日のツアーにでも参加しようかと、考えていた私達だったが、あまりに
もこの
ショッピングセンターの居心地がよく・・・今日はここでのんびりする事にした。

なぜそんなに居心地がよいかといえば・・・もちろん、おしゃれなレストランや、カ
フェ、かわいいアフリカンの雑貨屋さんや、おしゃれな服のショップ、など、目を楽
しませてくれる・・というのもあるかもしれないが、おそらく、一番の理由は、”安
心”だからだろう。

一歩外へでれば、やはり、郊外といえども、意味もなくふら〜っと、こっちを見なが
ら、うろうろしているあやしいひとがちらほら。

ものめずらしい、日本人を、なめ回すように見てくる人々。(悪気はないのだろうが
・・・)そんな視線からも、ここでは開放される。

周りにいる人だけを見ると、アフリカというより、ヨーロッパに買物に来たような気
分になる。

明日からの、キャンピング、サバイバルツアーの為の体力補給に・・・今日は、
ちょっとリッチな気分で・・・と、のんびり、カフェではがきを書いたり、デザート
を食べたり、かわいいアフリカンな雑貨を物色して過ごした。

(*1)Rits Backpackers
 現地でのオーバーランドトラックツアーの手配や、1日、半日ツアーの手配なども
してくれる。35R(およそ500円)で、夕食なども用意してくれる。私達はドミト
リー(男女混合)だったが、個室もあり、離れのコテージのようになっていて、とて
もかわいい。中も、庭もゆったりとくつろげるつくり。なにより、治安の比較的まし
な郊外にあり、セキュリティの面でも、おすすめ。


(*2)オーバーランドトラックツアーの場合、パンフレットのツアー料金のところ
に、Local Payment(現地払い)という項目がある場合がある。それらは、だいたい
USドル払いになっていて、旅行会社で支払うツアー料金とは別に、必要なお金であ
る。現地で、ツアー中の食料などの調達等に、使われるもので。何カ国もまたいで回
ることが多いツアーなので、現地アフリカ通貨にその場その場でスタッフが換金しや
すいよう、USドルが使われる。

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◆アフリカ体験旅行記(8)◆
  −クルーガー&ヴィクトリアフォールズ6日間
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翌日。いよいよキャンピングツアー1本目スタート。

早朝6時。このツアーのガイドさん兼ドライバーの、ウィルが迎えに来た。このお兄
さん、どこか鋭い目をした、でもいい感じの人だった。

私たちのほかに、2人のイギリス人女の子、オーストラリア人のカップル、ブラジル
人の女の子一人が一緒だった。早速、外にとめてあった、黄色いトラックに、荷物を
詰め込み、他の宿でも、イギリス人の女の人一人と、アメリカ人の男の人一人を、
ピックアップし、合計9人のツアーメンバーがそろった。

途中お昼休憩と、ウィルから、この旅の説明や、南アフリカの歴史の説明等を受け
た。そ
の中で絶対に必要なものが3つあるといわれた。

?寝袋 これは、あらかじめわかっていたので、用意していた。
?虫除け これもばっちり。
?懐中電灯 これは、もっていなかった。もちろんこれからはテント生活。テントに
は電気はついていない。当たり前だ。夜や、早朝移動するときにも、もちろん外灯な
どない。途中休憩したところのスーパーで、懐中電灯と、電池を買った。

あとは、もうひたすらドライブ。
ヨハネスブルグから、北東へ。世界一の動物数と、種類を誇る、クルーガー国立公園
へ。

四国程の大きさのこの大自然公園、すべて見て回るには最低でも3日は必要だ。
そんなこんなで、夕方ころ、ようやく、国立公園内のキャンプ場についた。

そこは、テントがあらかじめセットしてあったので、しばらく休憩して、少し暗くな
りか
けたころ、今回初の、ゲームドライブに。

ゲームドライブとは、動物を探しながらゆっくりとドライブしていくことだ。小雨が
ふるなか、窓のない大きなジープが迎えに来た。

早速それに乗り込み、薄暗い中ゆっくりドライブしていく。驚いたのは、ドライバー
と、ガイドの現地人のひとの視力。暗い、しかも、運転しながら、なのに、私たちの
肉眼では到底見えないような距離の動物を、すぐに見つけることができる。

動物たちの数は予想以上。小雨ということであまり期待していなかったが、この時
期、昼間はあつ過ぎて、動物たちは、みんな木や草の陰に隠れて、でてこないらし
い。なので、夕方から夜にかけて、行動を開始するのだ。

2頭のキリンがどこかへ走っていく姿や、たくさんのインパラたちが飛び跳ねる姿、
目を光らせていたジャッカル、暗闇でひたすら、草を食べまくるゾウを間近で観察す
ることもできた。

そしてそろそろ戻ろう・・・というころ、獲物を狙っているライオンファミリーに出
会った。

彼らは草の陰から、インパラの子供を狙っていた。さすがに私たちも、車のエン
ジン、ライトをすべてきり、真っ暗闇の中で、獲物を捕らえる決定的瞬間を期待し
た。

しかし、どうやらインパラはライオンたちの気配にきづいたようで、逃げてしまっ
た。
ライオンたちも残念そうにとぼとぼ暗闇に消えていった。

途中大雨になり、窓のない車に乗っていた私たちは、レインコートを着ていたにもか
かわらず、びっしょり。

そんな状態でキャンプ場に戻ってきた私たちを待っていたのは・・・・煌々と燃え上
がるキャンプファイヤーと、おいしそうなシチュウー。

ウィルが用意してくれていた。

彼はドライバー、ガイド、そして、料理担当でもあったのだ・・・。

このシチュウ、”ハンターズシチュウー”といい、狩の後に食べるものらしい。味は
日本
のシチュウのようでとってもおいしかった!そのころにはすっかり、雨もやみ、涼し
い風がふいていた。

 2日目、3日目とも、起床は4時。まだ外は暗い。早朝ドライブに行くためだ。

理由は夜と同じ。涼しい朝は、動物を 見る格好のチャンスなのだ。
まだ目も覚めぬまま、コーヒーと、ラスク(アフリカでは、朝ごはんとして、とても
メジャー)をかじり、出発。10時ごろブランチをして、夕方にはまた次のキャンプ
地へ・・・。

その間もずっとゲームドライブは続く。

1日目のナイトドライブ以外は、すべて、黄色いトラックとウィルのガイドだ。
このトラック、外の景色がよく見えるように、窓がとても大きく、天井から足元まで
ある。

運転主席の後ろの天窓は、全開できるようになっており、そこから、トラックの上に
出ることもできる。おかげで座ったままでも、十分両サイドのパノラマを楽しむこと
ができる。

キャンプサイトは古いものから、新しいものまでさまざまで、小さなショップ(お土
産や食料品)、バー等があるところや、ほんとうにただ、炊事場があるだけのところ
もある。

驚いたのは、そういった、炊事場などがとってもきれいに掃除されていること。
私たちが、食べた後のお皿などを洗おうとすると、大体黒人の女の人たちが、ついて
きて、こちょこちょ掃除してくれる。

はじめは不思議に思っていたが、私たちが、何でもかんでもきれいにしてしまうと、
その人たちの仕事がなくなるので、私たちは、自分たちのものだけ洗ってればいいら
しい。

そのかわり・・というわけではないかもしれないが、私たちが食べ残したご飯など
を、ウィルは、まとめて最後に、その人たちにあげていた。

はじめは少し驚いたが、なるほど、お互いに助かるのだから、いいことだな・・と、

もうようになった。

トイレ、シャワーは大抵ついている。お湯もでる。しかし自然の動物達のくらしてい
る中にあるのだから、当然、周りはフェンスでしっかり囲ってある。

朝方にはハイエナのうめき声がきこえたりする。フェンスの近くまで来たインパラた
ちに出会えたりもする。

稀にゾウなどが入ってきてしまうこともあるらしい。  かなり危険だが・・・。

この公園は南北に長い。どこまでも続くサバンナ。と、思ったら突然、泥沼道のよう
なところへ出て、トラックは激しく揺れ、泥しぶきで窓がびしょぬれになったり・・
・動物以外にも、アフリカの自然を、体で感じることができる。

この2日間でであった動物たち。キリン、シマウマ(この2つは仲がよく、行動を共
にすることが多い)、木の陰から突然巨体を現すゾウたち。

水面から鼻をひょこっと出しているカバ。

死んでるように寝そべるワニ。カラフルな鳥たち。

木の上から突然大きな羽を広げ向かって来るイーグル、バッファロー、道の脇で幸せ
そうに寝るハイエナの赤ちゃん。

インパラと仲良しのサル。

そして最も劇的だったのは・・・チーター。

相変わらずウィルの視力は抜群で、運転しながらにもかかわらず、私たちが肉眼では
到底見えないような距離から、突然、「チーターだ」と、車を止めた。

私たちは双眼鏡などで、どこ?どこ?とさがしまわった。

生い茂るサバンナの間にかすかに見える、黄色っぽい茶色っぽい影。こんなん、よく
見っけるな〜と、感心しながら、しばらく私たちはチーターの動きを見守った。草と
同じ高さのチーターをおい続けるのは、かなり困難だ。

見えたと思ったら、また見失ってしまう。そして、はっと気づいたら、すぐ近くまで
来ていた。さすが、相手にばれずに、接近する技はプロだ。

あせる気配も、恐れる気配もなく、ただ、ぴんと背筋を伸ばして(四つんばいだ
が)、ゆっくり、こちらに歩み寄ってくる。

そして、チーターらしい、気品ある歩き方で、すーっつっと、私たちの車の前をゆっ
くり横切っていった。私たちはひたすら、シャッターを押し捲った。

不思議と、何か人をひきつける魅力のようなものがある。

オーラがあるというか。同じ肉食でもハイエナは、あまり人気がない。

ハイエナさんにはわるいけど、やはり、あの気品と堂々としたたちふる舞は、魅力的
だし、ハイエナには、ない・・・なと。

そんなことをかんじながら、ますますチーターのことが好きになった。

 

ー国境越え
 3日目の午後。クルーガーでの最後のゲームドライブが終了した。たった3
日、でも3日もいた、クルーガーを出るときには、なんだか、とても寂しい気持ちに
なった。心とは裏腹に、天気は快晴。ゆっくり走るゲームドライブとは、違って、
ウィルはまっすぐ続く道を、ガンガン飛ばしていた。少しのでこぼこでも、ジェットコースターの様に上
下にバウンドして、ちょっとこわい・・・。

途中MESSINA(メッシーナ)という、南アフリカ共和国と、ジンバブエとの国境近く
の町で休憩した。これからジンバブエに 入る。ジンバブエは、南アフリカと違い、まだまだ、政治的にも安定していない。

ジ ンバブエ$の通貨レートも、一週間前とでは、2倍近くの差があったりすることもあるらしい。
私たちは、とりあえず、最低限必要な水や食料を、残りの3日分買い込んだ。

何かあってもとりあえず、やっていけるように・・・。前の日までの天気がうそのように快晴だった。

日向にいると、汗がにじみでてくる。でも木陰に入いると、涼しく 風がとても心地よかった。
そして、いよいよ今回初の国境越え。まずは南アフリカ出国。
パスポートと、貴重品を持って、トラックの窓を全部閉め、向かった。出国はいたって簡単。

何の検査もなくすんなり終わった。そしてその後、そのままジンバブエ入国。この国へ入るにはビザがいる。
しかし前もって取得するのではなく、その場でお金を払って発行してもらう。
国によって、その金額はばらばらで、私たち日本人は、R200、もしくは30US$(およそ3500円)だった。
イギリス人の子達はR560。私たちの倍額以上だった。その場で発行するため、若干待たされた。
出口では、さらにビザをチェックする人がいて、彼にパスポートを再度見せて、外に出ることが
できた。外にはたくさんのトラックが、とまっていて、思ったより込み合っていた。

今まで歩いて国境越えをしたことがなかった私にとって、ここはとっても新鮮だった。
それに、なによりも実感がわいてくる。結局1時間以上かかって、9人全員が終わり、またトラックへ戻った。
出口のところでは、手にジンバブエ$の紙幣を束で握 り締めて、しきりに両替を求めてくる人たちであふれていた。

みんな、トラックにまとわりついて、両替を求めてきた。ウィルがいうにはここで両替したら、おそらく新
聞の紙幣か何かをわたしてくるだろうと。つまりインチキだ。絶対にここで両替してはいけない、と。
確かに、見るからに怪しげな人たちが、群がっている。(思い込みかもしれないが・・・)こんなところで両替する人がほんとにいるんだろうか・・・
・。

彼らはそんなことで生活していけているのだろうか・・・なんとも複雑な気持ちになった。20分ほど走ったところで、トイレ休憩を取った。
ここでも、しつこく 両替を迫ってくる若者がいた。そこには、小さなコンビニ(商品はがらがら)と、
Winpy(ウィンピー)というファースフードの店があった。
どちらも電気がついていいないので、薄暗い雰囲気だ。「迷ったら、このWinpyを利 用すればいいよ、ここは信用できるところだから」、
と、ウィルはいっていた。

ファーストフードの店が一番信用できるなんて・・・と、おもったが。ジンバ ブエ、治安や経済は不安定で、
旅行するには危険な点も多い。しかし、大自然が手付かずのまま残っているという点では、
来る価値は十分ある。道路を走っているだけでも、思わず見とれてしまう、壮大な景色。

どこかごつごつした荒っぽい感じの雰囲気がある。しかしその景色のところどころに、民家・・・というより、
木の枝4本の柱と屋根だけ・・・が、ただの砂地の上に、ぽつり、ぽつりと立ててある。

中には地面に枯れ草のようなものをひいただけのところもある。洗濯物がほしてあったり、その
横で座っている子供・・・。明らかに誰かがここで生活している。なんだか少し複雑な気持ちになる。
雨が降ったり風が吹いたりしたら、いったいどこに避難するんだろう??

とても雨風に耐えれるようなつくりには見えない家。そんな景色を見ながらた そがれている・・・・と、突然、「パンッッッ!!」と
、大きな音がした。しかし車 は走り続けている・・・・でもなんだか、変・・・。スースーと、奇妙な音もする。

そして車が止まった。ドライバーのウィルはため息をついて、車をおりた。パンクだった。
暗くなる前に、今夜泊まるところまで行かなくてはいけないと、焦っていただけに、この時間のロスはいたい。
しかし、落ち着いて、なれた手つきで、車体を持ち上げ(かなりでかい)スペアタイアをはめ込んでいく。

ウィルの話では、心無い人がわざと、道路に何かをまいてパンクさせてその間に、車を狙ったりする強盗なども
いるらしい。しかし、今回のは、ただのパンクだったらしい。「新しいタイヤなのに・・・へんだなぁ〜」と不思議がっていた。

そして、再び出発。すぐにあたりは一面 夕焼けに包まれた。さえぎる物が何もない空一面、赤ピンクのグラデーション。
しかし、ふっと前を見ると、巨大な入道雲。理科の教科書に出てきそうなほど、典型的な形。

どんどん走るたびに雲が近づいてくる。でもその入道雲にさえ、夕焼けの色が写って、ピンク色の入道雲になっていた。
しばらく走り続けると、あたりの景色は岩山のようなごつごつした地形になってきた。

しかも暗くなってからは、外灯のまったくない道路で何も見えない。両脇は岩山に挟まれて・・・妙な圧迫感がある。
そのうち激しい雨が降り始めた。しかしウィルは、ひたすら速度を変えずに走り続けていた。

みんながひと寝入りしたころ・・・やっと今夜の宿についた。

−グレート・ジンバブエ遺跡

この日は朝、隣のロッジでの朝食だった。シリアルや、ヨーグルトなどいろいろある上に、
オムレツなどの卵料理を頼むことができた。

そして、この日は、グレート・ジンバブエ遺跡へいった。そもそも”ジンバブエ”とは、ショナ語で「石の家」という
意味で、この国が独立するときの名前の元になったそうだ。名前のとおり、巨大な石や、小さな石がうまい具合に積み
重ねられてできたような巨大遺跡だ。入り口は、少し小さめになっていて、入るときにどうしても頭を下げなければ通れないようになっ
ている。

これは王に敬意を払うためにわざと、つくられたものらしい。また、王はかなりの数の妻を持っていたらしく、
きょ大な円形の遺跡の中では、年功序列で、若い妻たちが、先輩の妻たちの教育を受けていた。

200人もいたということだが・・
・。とても想像できない。巨大な遺跡ので、遠く離れた場所との連絡は、なんと、エ
コーを使っていたらしく、大きな岩の洞窟のようなところからの反響を利用していた。

今で言う裁判所や、水汲み場、日時計、などいろんな機能があった。AD200年
ころにつくりはじめ、完成するまでに400年もかかった。

それにしても、そんな時代に、あの巨大な岩を、どのようにして運んで、積み上げたのか、まったく不思議な
遺跡だった。この遺跡は、ジンバブエのお札にものっている。やはり、この国に来たからには、はずせないところのひとつだろう。

ーライオンと遊ぶ??

その後、私たちは、CHIPANGALI (チッパンガーリ) (*1)という、怪我や、親をなくした野生の動物たちを
保護している施設へ向かった。ライオン、ひょう、チーター、サイ、いのしし、鳥類など、驚くほどたくさんの種類がいた。

なんだか、動物園に来たみたいな気分になった。ここのガイドさんが、中を案内してくれて、一つ一
つ、動物の説明をしてくれた。ここで私たちは、とんでもない体験をすることになった。

ガイドさんは私たちをライオンのいるオリへ、連れて行った。そこには、まだ子供・・・というよりはもう青年、
くらいだろうか、のライオンがいた。ガイドさんが
近づくと、まるで飼い犬のようにはしゃぎだした。そして、なんと、ガイドさんは、そのオリのなかへ・・・・!!
えええ??と思ったら、ライオンはうれしげに、ガイドさんにアタック!相当力が強いらしく、彼もすこし、よたよたになりながらも、
ライオンとガイドさんは、じゃれあっていた。普通のライオンなら、間違いなく、食いちぎられて、跡形も
なくたべられてしまうだろう・・・。

しかし、ここのライオンは生まれたときから、人の手で育っているので、人間を食べるものとは認識していないらしい。
それでもやはり、ライオン。犬や猫とおなじようにじゃれているが、力は相当強い。遊び相手に
なるのはかなり大変だ・・・。でもそのライオンは、彼が本当に大好きらしく、帰ろうとすると、いつまでも引っ付いて、放そうとしない。

何度も何度も、足にまとわりついたり、ねっころがって、おねだりしたり・・・・。私たちはみんな目が点だっ
た。と、同時に、なんとも愛らしく、転げまわっているライオンと、ガイドさんの光景に釘付けだった。

いや〜かわいかったなぁ〜ッと、ほっこりしていると・・・・
「あなた達も、ライオンとあそんでみたい??」と・・・。もう少し子供のライオンがいるらしい。

早速私たちは、そのライオンたちのいるところへ。2匹の子供ライオンが・・・。

入る前に、いろいろ注意をうけた。

@もしも少しでも怖いという気持ちがある場合は、入らないこと。動物はとても敏感。人間のちょっとした恐
怖心にも気づいてしまうのだ。本当に、ライオンと遊びたい!っと、思う人だけ入ってくださいと。

A絶対に、ライオンより低い目線に行かないこと。常に、こちらの立場が上である状態に。したがって、ひざまずいたりしてはいけない。

Bおなかをなでない。・・・

なんだか、いろいろいわれると、またまた不安になってしまう・・・。
恐怖心が1%もないといえば、それもうそになる。それをライオンに感ずかれたらどうしよう・・・。

でも好奇心のほうが、90%以上。さっそくみんなでにはいった。
ライオンたちは、飛びついてきた!!ものすごく元気がいい!そして力も強い。ほとんど体当たり状態。
泥のいっぱいついた手足で、私たちの太ももあたりをアタックしてくる!でも・・・かわいい!

しぐさなどは、どこか猫に似ている気がする。なんだか肉食動物というのが、うそのようだった。
家で飼えそう・・・なんてこともおもったりした。 
おかげでズボンや、シャツはドロドロ・・・でも、貴重な体験だっ た。


*1) Chipangali (チッパンガーリ)のホームページ

動物に興味のある方はぜひ訪れてみて!

 Chipangali Wildlife Adoption Scheme
      PO Box 1057, Bulawayo, Zimbabwe
      phone: 00263-9-287739/287740 / fax: 00263-9-287741
      (Town Office phone: 00263-9-286460/286603 / fax: 00263-9-286460)
      Janine Garrod chipangali@netconnect.co.zw (Adoptions) /
chipanga@ecoweb.co.zw (Orphanage)(Website) www.chipangali.com /       
 www.chipangali.org / www.chipangali.co.zw

−”ジンバブエ”の今・・・

ジンバブエ遺跡

 ここを見学中、突然大雨が降った。ものすごい雨。夕立のような。とりあえず、私たちは、屋根のある場所へ避難した。
その間、ガイドさんは、アフリカには、まだまだ助けが必要なのに、助けられていない動物たちがたくさんいる・・と、いっていた。

ここチッパンガーリでも場所に限度があるし、動物が増えればそれだけ、飼育する人手も要る。
しかし、将来的には、もう少しこの施設を拡大する予定だといった。
そして、ジンバブエについてもかたってくれた。1980年に独立したばかり。しかし、その後も政権争いの内戦状態が続いた。
今尚、黒人がほとんどの人口であるこの国で、白人が政権を握ろうとしている。

独立したといっても、まだまだ、不安定な国だ。彼は、ただひたすら、時が来れば、落ち着くだろう・・・と。
早く落ち着いて、安全で安定した暮らしができる日が一日でも早く、来るとこを願うだけだ・・・と
いっていた。確かに、ここへ来るまでの道のり、ジンバブエの町。どこのお店でも、窓の外に鉄格子がある。

洋服などのディスプレイが(一応?)してあるショウウィンドウですら、白い鉄格子で、よく見えない。ジンバブエのお札。
はじめ、ガイドさん経由で両替してもらったとき。確か2000円ほどしか両替しなかったはず。しかし
手元には、分厚い束の札がかえってきた。しかも、一、十、百、千、万・・・と、頭
で数えなければわからないほどの、ゼロの多い金額。

つまり2000円は、ものすごく、ものすごく、大金なのだ。2,3百円の買い物をしても、札束がどんどん減っ
ていくので、すごい浪費してしまったような感じを受ける。小銭も一応あるが、金額
的には、おそらく1円以下の価値になるのではないだろうか。気になったのは、お札の柄。

百円単位くらいまでは、先ほどのジンバブエ遺跡や、動物の絵などがかいてあるが、はじめに両替でもらった札には、
絵が何にも描いてない。ふちにだけ、赤色で模様がはいっている。

桁の多い金額が書いてある以外は、白紙だ。なんて、味気のないお金なんだろう・・・・と思っていた。

後から聞いた話では、そのお札は最近できたばかりらしい。いままで、地元の人たちは、100円単位のお札でことが足りていた
のだろう。しかし、これから、紹介する。
ビクトリアの滝など、観光客もふえてきて、必要にせまられたのではないだろうか。

 

−ヴィクトリアの滝

 

 翌日、朝食後、ヴィクトリアの滝へ向かった。3時間ほどでついた。この町から滝までは、車ですぐだが、
遠くからも滝から上がる水しぶきが遠くに見えていた。とりあえず、次の日のフリータイムのときのアクティビティ
の予約をして、今晩とまるキャンプ場へ来た。

芝生が一面に広がる、とても気持ちい感じのキャンプ場だ。私たちは、テントだけ立てて、すぐに、滝へ向かった。
滝へつくと、5,6人のお兄さんたちが、手に木彫りのおみやげ物をもって、トラックの窓越しに、「おみやげ!おみ
やげ!」とアピールしてきた。

ジンバブエ入国したときの両替にたかってきた人たちのように、半端ではないしつこさだ。
トラックを降りるのがいやなくらい。案の定、 降りた瞬間しつこく付きまとう。
1人に対して、2,3人がたかってくる。もううっとうしい、めんどくさい、っと、お札を何枚か渡してしまいたくなる。

おそらくそれが彼らの狙いなのかもしれないが。そうして、滝の入り口まで来た。中は、滝のガイドさんがまた案内してくれた。
ヴィクトリアの滝は、カナダのナイアガラの滝、南米のイグアスの滝と並ぶ、世界3大瀑布のひとつだ。

全長およそ1700mのこの滝は、ジンバブエとザンビアの国境線を形成している。上からみると、まるで海が二つ
に割れたときのように、ザンベジ川の水が、割れ目にどぉーーっと、流れ込んでいる。
端から順に、ビュウポイントを周っていった。近づくと、ドォーーーーーッという音が聞こえてくる。

その日の天気は快晴。しかし、あれ?晴れ雨?とほんとに勘違いしてしまうほど、水しぶきの雨が・・・・!
カメラを持つ手も、服も、あっという間に、ぐっしょり・・・。さすがに迫力ある滝の水しぶきは半端ではない。
ビュウポイントの中には、柵もなにもなく、がけっぷちから、滝をながめるところがある。

しかし、がけっぷちは、水しぶきでぬれていて、すべりやすくなっている。ついつい、
間際まで行って写真をとりたくなるが、ほんとに一歩間違えば、つるっと、はるか川
底まで落ちて行きそうでこわい。
しかし、目の前にひろがる、大迫力の滝の光景は、言葉を失う。自然にできたものだとは・・・恐ろしい限りだ。

滝の端のほうのビュウポイントからは、ヴィクトリア大橋が見えた。ここの橋の上からは、バンジージャン
プをすることができるらしい。高さでは、南アフリカのPlettenberg B a y(プレッテンバーグベイ)
にある高さ216mが一番(後々、私はこれを体験するのだが・・・・)

、後から聞いた話だと、このヴィクトリア大橋のバンジーは、なんと、水面に手がつくらしく、最も怖いバンジーだといわれている・・・らしい。
私もまた機会があれば、水面タッチに、挑戦してみたい・・・・。
 

−別れ

 ぐっしょりぬれたビクトリアフォールズから、戻ってすぐに、また車に乗り込み、
ザンベジ川に向かった。ヨハネスブルグから始まった6日間のこのツアーは今夜で終
わりだ。最後の夜は、ザンベジ川クルーズで締めくくられる。真っ赤に染まる夕空に
包まれながらのクルーズ。カバたちが、大きなあくびをするのを見ながら、飲み放題
のザンベジビールをのみつつ・・・日は暮れていった。翌朝、前の日に予約していた
エレファントライド(ゾウのり)に行くために、5時ごろ起床。まだ目も覚めないま
ま、迎えに来たバンにのり、連れて行かれる。到着してすぐ、朝食が出た。そこで
やっと目が覚める。このゾウのりは、ツアーの一部ではなく、オプションだったので
ツアーのメンバーと全員一緒ではなく、他の一般の観光客たちと一緒だった。私たち
を乗せてくれたのは、エミリーという16歳のゾウだった。ゾウの背中には、私たち
2人と、ゾウ使いのお兄さん(フレッドリー)1人がのった。
私はかつて、タイでもゾウの背中に乗ったことがあるが、その時は、木で組まれたい
すのようなものがゾウの背中にすでに取り付けられていた。タイの場合はインド象な
ので、色はグレイ。一方、今回のゾウはもちろんアフリカゾウ。色は、茶色。ゾウの
背中に直接のった。少しあったかくて、なんだか親近感がわく。ゾウの背中に揺られ
ながら、ずーっと、サバンナのようなところをひたすら横断していく。エミリーは
ずーっと、耳をパタパタさせていた。そのたびに私の足に、パホッっと、あたる。な
んかかわいい。そして、よく食べる。歩きながらも、その辺の木の枝を鼻でバキバ
キッとおって、食べていた。一方、ゾウ使いのフレッドリーは、ずっとゾウの特徴
や、一日に食べる量や、好きな草の名前・・・などなど、色々説明してくれていた。

いお兄さんだった。乗り心地は、とってもいい感じだった。安定しているし、肌も柔
らかくて、あったかい。わりと平らなところを通っていたが、時々、段差のようなと
ころもあった。見た目はたいしたことなくても、背中の上では、ものすごい段差のよ
うに思える。ぐらりっと、大きく揺れる。そんな感じで、ぐるーっと、サバンナをま
わって、もどってきた。そして、ありがとうの意味を込めてエミリーにえさをあげ
た。手のひらにえさ(2,3センチ角くらいのもの)をのせると、湿った鼻で、とり
にくる。鼻息も荒い。手のひらからとられるとき、ちょっとくすぐったい。でも私は
この感覚に結構はまり、何回もあげた。
キャンプサイトに戻ったのは、ちょうどお昼
ごろだった。この日も快晴だった。他のメンバーはみんなザンベジ川でのラフティン
グにでかけていて、誰もいなかった。昨日の夜、お別れの挨拶はしていたが、いつも
いるメンバーが誰もいないキャンプ場は、やけに静かだった。しばらくして、ドライ
バーのウィルだけがが戻ってきた。私たちは、今日から、次のルートを回るため新た
なオーバーランドトラックツアーに参加する。ここから、すぐのサバンナロッジとい
うところでの待ち合わせになっていて、ウィルが、そこまで送ってくれた。いつもは
9人も乗っているトラックも今は私たち2人だけ。ウィルは、どちらか一人助手席に
のってみたら?いつもと違う景色だよ!っといってくれたので、私たちは交代でのっ
た。15分くらいで、すぐにサバンナロッジへ到着した。ここはバックパッカー用の
安い宿だ。私たちの重い荷物をおろして、次のツアーのガイドさんに、紹介してくれ
た。そしてここで、お別れ。
「日本に戻って、また日本の女の子連れてかえっておいで
!」っと、ウィルは言っていた。私たちは色々あ
りがとう!っと、ハグをして、別れた。


-嵐のクルーズ

今日の宿泊先サバンナロッジ。1週間ずっと
テント&寝袋生活だった私たちには、2段ベッドで寝れることはとても幸せだった!
少し休憩して、すぐに新しいツアーのメンバーと集合することに。今回は全部で14
人。オーストラリア人が多い。そしてここで、Local payment (現地
払い)であるUS$をはらった。これはツアーの代金とは別にこうして現地で払うも
ので、ツアー中の食費などにあてられるのだが、何カ国もまたいでの移動に
なるため、その国々の通貨に両替しやすいように、US$での支払いになる。
その日
の夜、またザンベジ川クルーズへ。このツアーにも、ついていたのだ。しかし、これ
が昨日の優雅なクルーズとはまったく違って、とんでもないク
ルーズだった。はじめ、遠くのほうに雨雲が見えていた。さすがにさえぎるものが何
もない空では、雨雲のどの部分で雨がふっているかが、はっきり見えた。まるで雲の
隙間から、後光が刺すような感じだ。あの雨雲がもしここまできたら・・・。そんな
不安もありつつ、私たちは
のんびり食事・・・と思っていた矢先・・・・きた!あの雨雲が!まず
ザァーーーーッという音が聞こえたと思ったら、すっぽりあの雨雲の中に船は入って
しまっていた。あっという間のできごとだった。まる
で台風の真っ只中にいるようなすごい雨風。この船、屋根はもちろんついているが、
周りは柵のみ。屋根から、ビニールの雨風よけがついていて、それを、クルクルッと
おろせば一応、雨は防げるようにはなっているのだが、あまりにも突然襲ってきたた
め、間に合わず・・・。しかもかなりの暴風でテーブルクロスや、テーブルの上のも
のが飛んで行く。はじめは手で押さえたりしていたが、雨も容赦なくはいってくるの
で、あっという間にびしょぬれに。それでも、
なんとか、みんなで雨よけを全部おろして、隙間から入ってくる雨と風をよけなが
ら、隅っこのほうに固まって小さくなっていた。しかし、それだけではすまなかっ
た。大きく揺れる船が・・・川の草の固まりのようなものに引っかかって、身動きが
取れなくなったのだ!船のモーターがどうやら絡まったらしく・・・・。ブルル
ルゥ〜ン、ブルルルゥ〜ンっと、大きな音をたてて、モーターが空回りしている。降
りしきる雨のなか、男の子たちが、どこからかもって来た棒で、必至に、船を動かそ
うとしていた。ほんと、昨日ののんびりさとは大違い・・・と、とほうにくれたこ
ろ、急に雨がふっとやんだ。雨雲から出たのだ。さすがにあっという間に襲ってきた
だけあって、逃げ足も早い。ザァーーーッという音とともに、何も知らん顔で、雨雲
は去っていった。そしてその後すぐに、おそってきたものは・・・
見事な夕焼け!!真っ赤というよりは、赤紫から、濃いピンクのグラデーションのよ
うな色だ。まったく・・・なんというアフリカの気候。めまぐるしく、激しく変わ
る。でも嵐の後の夕焼けは一段ときれいに見えた。感動も大きい。
湿った服のまま、きれいな夕焼けに見とれつつ・・・のんびり、だらだらビールを飲
んで、無事クルーズは終わりました。オーストラリア人
たちは、一列に並んで、国歌を歌っていました。(なんで?)

-ボツワナ入国

次の日の朝、出発は昼ごろだったので、それまで、買い物に出た。ここは、ジンバブ
エの中では一番の観光地。ビクトリア・フォールズ。やはり日本人が来ることもある
のだろう、とおりがけによく、”コニチワ!”とか、半分くらいは、”ニーハオ!”
等と、声をかけられる。でも、基本的にここの人は明るく陽気な雰囲気がする。お店
の人も、フレンドリーだ。少し町の中心(というほど大きくはないが・・)を離れる
と、お土産品を強引に売ってくるお兄さんがやはり、付きまとってきたが、ジンバブ
エの国境あたりで感じた貧しい感や、危険さは、ここではあまり感じない。それでも
やはり、物価は驚くほど安い。ジュースなどは、ビン入りのものが多く、飲んだらビ
ンを返すようになっている。値段も安いし、ビンもなんだかレトロでかわいい。ポス
トカードなども、質はあまりいいとはいえないが、アフリカンアートっぽいものも
あって、私は結構大量に買った。
両替したジンバブエドルは、全部ここで使い果たし
たかった。もちろん、ここの観光収入に貢献する事も理由のひとつだが、残しても価
値のないお金だろう、というのもあった。また次の週には、今の両替レートをまった
く無視した、レートで取引されるだろう。流動的な通貨だから。それくらいまだ、こ
の国は不安定なのだ。昼に集合して、次のボツワナの国境に行くまでの道のり、道路
の脇にぽつんぽつんとある、家・・というより小屋のようなもの。とても人が生活し

いるようには見えない。でもよく見ると、洗濯物がほしてあったり・・・。TVや服
などを盗む強盗が多発していて、レイプや、盗みのために村中が殺しにあったりする
こともあるそうだ。教育を受けたくても、学校に行くお金がない。教育を受けていな
いから、仕事もできない。悪循環なのだ・・・。
そんなことを考えながら、ボツワナとの国境に到着した。普通国境では写真撮影は禁
止されている。しかしこの国境は珍しくそれが許されているらしい。と、いっても特
に何があるというわけではないが。いつもどおり車からおりて、パスポートを持っ
て、歩いて渡る。ここで面白かったのは、国境を越える線上に、細長い、湿った黄色
いスポンジがおいてあったこと。越える時には必ずこれを踏んで渡らなくてはいけな
い。靴等についた、疫病などの菌を持ち込まないため・・・ということらしいが、す

に、だいぶ取り替えている様子のない、うすよごれたスポンジ・・・。とてもこれで
予防できているとは思えない。むしろ、そこにある菌が繁殖して、それをまたわざわ
ざ踏んで、広めてしまうのではないか・・・という、気までしてくる。ちなみに、車
は、ここを出る時に、巨大な水たまり(小学校の時、プールにあった洗体槽、アレの
巨大版!)を、やはり、スポンジと同じ理由で通らなくてはいけなかった。もちろん
これもほぼ泥水・・・。意味はあるのか?
それから
もうひとつ、気になったこと。ここアフリカでは、糞ころがしが、とても多い。しか
も日本でいるような小さくてかわいいものではない。カブトムシ?っと一瞬うたがっ
てしまうほど、がっしりしていて、大きい。つやもあって、立派な昆虫として、自分
の体よりも大きくて、まんまるな糞を、器用に、よく転がしている。
この国境付近は周りは山に囲まれている。おそらく夜になると、電気がついているの
はここだけだろう。そのせいか、いたるところに無残にも力尽きてしまった、糞ころ
がし達の死骸が転がっている。その数は半端ではない・・・。ころっとでかい死骸
は、一体でも存在感大なのだが、それが大量に転がっているのだ。夜の光にだまされ
てきっと、飛んできたんだろう・・・。しかしこれの何倍もの数の糞ころがし達が、
まだ山にいるんだと思うと、それもまた、怖い・・・。しかも私達が乗ってきたト
ラックの前をよく見てみると・・・そこは、蛾や糞ころがし達の死骸が・・・標本の
ように、びっちり、張り付いていた。このこたちは、おそらく、力尽きたのではな
く、激突死だろう・・。ご愁傷さまです・・・。

- チョベ国立公園

夕方ころ、今日のキャンプサイトに到着した。チョベ国立公園だ。ちなみにここボツ
ワナは、ダイアモンドの生産地として有名だ。そのおかげで、国自体はアフリカの中
でもかなりリッチなのだ。ここへ来る前に小さなショッピングモールのようなところ
によったのだが、ジンバブエのようなしつこい、もの売りや、両替をせがんでくる人
も見かけなかった。しかし、ここにあった、インターネットカフェ。Windows 何年式
かは忘れたが、恐ろしくスピードが遅かった。ホットメールを開くだけで、20分くら
いかかってしまった・・・。それからメールを見るのにも、ページを移動するたび
に、時間がかかる。10年前のパソコンでも、もっと早くインターネットできるだろう
!!っと、叫びたくなるほどの遅さで・・・結局、30分で送れたメールは1通だけ。見
れたのは、2通。疲れた。アレで商売して、お金を取るのは、十分に犯罪レベルだと
思う。一方、キャンプサイトは、きれいなパーが、チョベ川沿いに
あり、私達は、ボツワナの通貨プラ(Pulas)を持っていなかったが、US$で
もOKということだったので、それでアップルタイザーを買い、川沿いでのんびり、
日記を書いたりしてひがくれるのをまっていた。アフリカへきて、まだ一週間ちょっ
としかたっていないが、すでに、いくつかの夕焼けに心を打たれてきた。しかし、今
日のはまた、格別だった。空全体のグラデーションというよりは、太陽自体が、赤い
のだ。しかも、日の丸のように大きい。何でこんなに赤いんだろう?何が太陽の色を
こんな色に染めるんだろう?と、素朴な疑問が浮かんでくる。そして、じりじりと、
赤く燃えながら、ゆっくりとチョベ川に沈んでいった。

ーオカバンゴデルタへ

チョベ国立公園では、あまり天気がよくなく、小雨か、曇りが続いた。ここではチョ
ベ川のサファリに出た。水の中から顔を出すカバたちにはあってきたが、ここでは、
川沿いの草原を、のそのそ歩くカバに出会った。しかも背中には、白い鳥がちょこん
と乗っていて、なんだか、漫画にでききそうでかわいかった。しかし、のんびり屋さ
んを想像していたが、彼らの草の食べ方の激しさに、ちょっとひいてしまった・・
・。何歩かあるいて、ブチブチっと、草を噛み切って豪快にむしゃむしゃと食べ、そ
してまた何歩か歩いて、そしてまたブチブチッ、むしゃむしゃと食べる・・・。それ
を繰り返しながら、水辺にたどりついて、ぶくぶくっと、水面下に、降りて行きまし
た。毎日そんなふうにのん気に生活しているのだろうか・・・。うらやましい。それ
から、ここでは、動物の種類は、クルーガー国立公園にはかなわないが、わりと群れ
でいる動物に出会う。しかも、距離が近い。彼らがのんびり、座ったり、走ったりし
ている中を、車が横切る・・・という感じだ。特に、インパラと、バブー(サル)たちの
群れがいたところ(彼らはとても仲良し)は、きれいな芝生と、黄色い花が咲いてい
て、楽園のような、のどかさをかもし出していた。
翌朝、7時半にここを出て、いったんナミビアへ入国したあと、またボツワナへ戻
る、というルートを取った。2度目のボツワナ入国では、カスタムのおじさんに、「韓

国人(サウス・コーリアン)かと思ったよーー!」と、なぜか、えらく驚かれる。そん
なに私が日本人だったって事がショックだったのか?
とりあえず、ボツワナに再入国した後、オカバンゴデルタ(湿地帯)行くため出発
し、小さな村についた。すぐに私たちのトラックの周りに、子供たちが集まってき
た。オーストラリア人の、ケビンが、持っていたフリスビーを子供たちに渡すと、彼
らはそれで遊び始めた。とても人懐っこい。これからいよいよその湿地帯に向かうの
だが、もちろん、トラックではいけない。湿地帯に入ってからは、小さなボートでの
移動になる。そのため、これからここでの3泊分にに必要なだけの、荷物と食料だけ
をもって、小さな軽トラに乗り換えた。テントもいつもは2人でひとつだが、荷物を
減らすため、3人でひとつつかうことになる。軽トラでは、荷台に乗った。天気もよ
く、風も気持ちい。そうして、今日の宿泊先のキャンプ場にきた。ここは、今までの
キャンプ場に比べると、かなりシンプルだ。少し歩くと、ロッジのようなものがあっ
て、その奥に、川があった。そしてバーもあった。この川沿いは、デルタに続くとこ
ろで、見晴らしもよく、空が広い。とても気持ちがいい。ここで、のんびり、日記を
書いたりして、すごした。ここでは何よりも天気に恵まれていた。とにかく暑いのだ
が、それでも日本のような、湿度はないのでからっとしている。日陰に入ると、とて
も気持ちいい。そして夜には星がよく見えた。つまり周りに何もないから、よく見え
るのだが、ここのキャンプ場、シンプルなのはいいが、トイレと、シャワーに電気が
ついていない・・・。明るいうちに入るべきだった。しかし真っ暗・・・というわけで

はない。つまり、屋根があって、囲ってあるだけなのだ。だから月明かりで、わずか
に見える・・・。でもやはり、それだけではつらい・・・。懐中電灯をもって、はい
らなければならなかった。でも、シャワーの時、ふっと、屋根の間から空を見ると、
月が見えた。シャワーを浴びながら、月を見るって・・・。「電気がなくても、いい
こともあるな」っと、ちょっとだけ幸せな気分になった。しかし、次の日はさらに、
原点に戻った生活を体験することになるのだった・・・・。


ー無人島

次の日、このキャンプ場を出て、湿地帯の中にある、無人島にむかった。昨日のんび
り過ごした川沿いから、スピードボートに乗り、ひたすら川を進んでいく。だんだん
と、川幅が狭くなっていき、両側は背の高いパピルスがうっそうと茂っている。その
うち、ボート一台がやっと通れる位の幅になる。パピルスが、邪魔してくるのを、手
でよけながら、さらにどんどん進んでいく。どれくらい進んだかは覚えていないが、
結構長い間乗っていた。かなり奥まで来ていると思う。そして、到着。無人島。まず
テントを張った。ここに泊まるのは今夜だけだが、もちろんシャワーなどない。そし
てもちろんトイレもない。明日まで私たちのトイレは、地面に掘った穴だ!少し茂み
で隠れたところに、ドライバーのフィルが、穴を掘った。用を足したら、シャベルで
周りの砂をかけておく。少し手前にある細い木の枝に、トイレットペーパーのロール
をはさんでおく。、トイレに行く時にそれを持っていく。木の枝にトイレットペー
パーがないときは、”使用中”ということ。すばらしい。なんて合理的!しかも
ちょっぴり開放感があって、新鮮!?でも、やっぱり、穴を掘っただけのトイレなんて
・・・臭いとかやっぱり気になる・・・と、思っていたが、砂の威力は、すごいのだ。よう
を足して、砂をかければ、何もなかったかのようにただの穴に戻る。すごい。でも、
それよりすごかったのは・・・・ハエ。やはり、次の日には、何もなかった様に見える穴
にも、何匹かのハエが、たかっていた。彼らの嗅覚は、どうなっているんだ??そう
なっては、このトイレももう終わりだ。フィルは、それを完全に埋めて、新しい穴を
掘った。すばらしい。
お昼にサンドウィッチを作って食べて、先ほどのボートで湿地帯クルーズに出た。
さっきよりもさらに細いところをどんどん進んでいった。両側はぎりぎりなのに、そ
の生い茂るパピルスの茎と水面の間にに、ギロッと光る何かが・・・!ワニ!おとな
しそうだけど、鋭い目でこっちをずーっと見ている。しばらく行った所で、さらに大
きいワニもいた・・・。なによりも、距離が近いのだ!ボートのすぐ脇にいる。それ
でも、うちらは「クロコダイル!!」といって、ボートから落とすフリをして、ふざ
けたりしていた。今思えば、危険・・・。よくテレビで、おとなしいワニが突然水面
下から飛び出てくるのを見たことがある。途中少し川幅が広くなったところでは、蓮
の花が、水面にたくさん咲いていた。船をこいでいたお兄さんはそれをポキットおっ
て、器用に茎を二つに分けて、首飾りを作った。トップには、大きな蓮の花がついて
いた。カナダ人の女の子がそれをもらって、首にかけた。かわいい・・・。彼女のた
めに作ったかのように似合っている。
そして、私たちは、もうひとつの無人島に着いた。ウォーキングサファリをするため
だ。動物の目はいい。どんなに遠くからでも、私たちを発見すれば逃げてしまう。私
たちは、なるべく、カーキや茶色など、アースカラーの服を選ぶように言われてい
た。もちろん車から見るように、近距離ではないが、アンテロープ(鹿)の群れや、
食べられた後の、骨と角、などを何個か発見した。肉眼では、なかなか見えにくい距
離なので、動物を見るときには、双眼鏡を借りてみたのだが、案内してくれた現地の
お兄さんは、肉眼でも、「あ〜あそこにいるな」とか、「あれは、アンテロープだ
よ」とか、言っているのだから本当に関心する。その後、私たちの泊まる無人島に戻
り、そこでもウォーキングサファリにでた。ただただ、だだっ広い草原なのだが、少
し奥まで行くと、やはり湿地帯なので、水がしみてきていて、それ以上遠くへはいけ
なかった。その上を、ピチャピチャと、スプリング・ボックなどが、元気にはねて通
り過ぎていく。

ー無人島2 −その夜ー

ここで、夕焼けを見るため、しばらくのんびりしていた。オーストラリア人たちは、
その辺にころころ落ちている大量のアンテロープの糞で、マーブル(おはじきのよう
なもの?)をし始めた。失敗したりすると、「Shit!(くそ!)」と叫び、「Y
eah,Exactly!Exactly!(そう!そのとおり!そのとおり!)」
と、盛り上がっていた。確かにそのとおりです・・・。かなり、うけた・・・!
そのうちうっすら空が明らんできた。明るいうちから大きな空の下で、のーんびりす
ごして、ただただ日が暮れていくのをみている。だだっ広い草原の上で、さえぎるも
のはなく・・・。幸せだな・・・と思った。この日、やはり、期待を裏切らないすばら

しい夕焼けが見れた。うっすら赤くなり始めて、すごいきれいだーっと、シャッター
を押すのだが、また次の瞬間には、さらに赤さを増していく。そうして、ぐっと深い
赤やオレンジ色が、だんだん濃くなって、そして夜になっていく・・・。
 日が暮れると、本当に真っ暗だ。特に周りはうっそうと木が茂っているので暗さが
さらに深いものになる。キャンプファイヤーの火だけが唯一の明かり。なんだか幻想
的な雰囲気で私はとても気に入ってしまった。それに、今夜は、ご飯の後もしばらく
キャンプファイヤーの前で、みんないて、焼きマシュマロや、ここまで案内してくれ
た現地のガイドの3人のお兄さんたちが、アフリカンダンスを披露してくれたりし
た。ジンバブエでもアフリカンダンスを見たが、やはり、観光用というかんじがし
た。しかし今回のは違う。さっきまでウォーキングサファリに連れて行ってくれたり
したお兄さんが、その格好のまま(なんか緑のつなぎのような服を着ていたと思う・
・・)草や葉っぱで、飾り付けをして、音楽も何もない中、自分たちで歌いながら、
ファイヤーの周りを回ってくれた。このダンス、かなり私のツボで・・・。まず姿勢
は常に中腰。もしくは四つんばい。ステップは小刻み。リズムに合っているのかど
うかはなぞ。でも、お兄さんたちの息の揃ったアフリカン(アフリカ語)の歌
と、踊りは、私たちを釘付けにする何かがあった。最後にはみんな混ざって、一緒に
ファイヤーの周りを回って踊った。それから・・・まだ夜は終わらなかった。なぜそうい
う流れになったかは覚えていないが、国歌を歌い始めたのだ。おそらくオーストラリ
ア人たちが始めたのだろうが、そのうち、ドイツ人には、ドイツの国家を、カナダ人
にはカナダ国歌を、オランダ人には・・・と、順番にまわって来た。私はなぜ、オー
ストラリア人たちが、あんなに国歌にこだわるのかがわからないが、何かと、歌って
いる気がする。一方、日本人の私たちはというと、日本の国歌は、”君が代”という
のは知っているが、普段歌うことなどほとんどない。歌詞すらうつろだ・・・。だか
ら、私たちは、「覚えてへん!覚えてへん!」っと、必死で断った・・・にもかかわら

す、「じゃあなんでもいいから、日本の歌、うたって!」っと・・・。「ほんま、無
理!ほんま、無理!」と、またもや必死で断ったにもかかわらず、あきらめてくれず
・・・。アメリカでは、大ヒット?した、スキヤキソング。上を向いて歩こう。な
ら、しっているかも?と、ふと思いつき。「・・・じゃ、じゃあ、スキヤキソングっ
て知ってる?」と聞いてしまったが最後・・・。彼らは、「知らないな・・・でも、それ
でいいから、歌って!!」ということで・・・・。歌いました。しかもアカペラ・・
・。恥ずかしくて、このままどこかへ消えてしまいたかった。それでも、みんなちゃ
んと、盛り上げてくれて・・・。あったかいなぁ〜と、ちょっぴり感動してしまいまし

た。次の日の朝、ドライバーのフィルが、「昨日の歌よかったよ!」っと、声をかけ
てくれたのはいいんだけど、消してしまいたい記憶がまたよみがえってきて・・・、私

は「忘れて!忘れて!」と、返したのでした。
翌日、テントをかたずけ、今度はいつものボートではなく、カヌーで、オカバンゴデ
ルタを探検した。目線がぐっと水面に近くなるので、いつものパピルスがさらに、高
くみえて、スリルがある。この日も相変わらず天気がよく、日差しが強い。じっとし
ていると、自分の肌が焼けていくのがわかる。じりじりという感触があるのだ。それ
でも風が吹くとさわやかだ。その後、無人島に来る前の日に泊まったサイトでもう一
泊した。とうとう、よく晴れたボツワナ、オカバンゴデルタの3日間も終わり、また
軽トラの荷台に乗って、私たちのトラックへ戻った。