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ロシア

Repoort by ASATON (MAY..2003)

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.1
「憧れのシベリア鉄道」
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シベリア鉄道に乗ってみたい!長年の夢でした。でも、まさかこんなに急に夢が叶うなん
て思ってもいませんでした。そして本当に実現できるとは…。今でも信じられない位です。
途中何度もだめなのじゃないかと思いましたから。
私は2001年5月に英国に入国し、2ヶ月の英語研修の後、スコットランドの首都エジン
バラでCSVのボランティアとして活動していました。2002年5月末でボランティアビ
ザが切れるので、飛行機の一年間のオープンチケットは捨てて、ヨーロッパを1〜2ヶ月放
浪して新たに飛行機のチケットを購入して日本に帰国するつもりでいました、最初のうちは…。
ところが同期のMちゃんと電話でおしゃべりしている時こんな話が出たのです。
Mちゃん:「私、日本に帰るときシベリア鉄道で帰ろうかと思って。UK−Jのとしさんが
飛行機のチケットがとれなかったらシベリア鉄道で日本に里帰りしようかっ
て言っていたのを聞いて。そっかーその手もあったかと思って。」
私:「それはいいなあー、私も一度乗ってみたかったんだ!」
と、すぐにその計画に飛びついてしまいました。憧れでしたからねえ、シベリア鉄道…。
日本に帰国する半年前の事でした。それから実際に列車に乗るまではいろいろありました、
ホント。シベリア鉄道に乗る予定の人、乗ってみたい人にお役に立つような情報、そしてみ
なさんがシベリア鉄道の旅を体感できるような旅行記をお届けしたいと思います。

*クリアーすべき課題
事前にやる事はたくさんありました。まず、メンバー集めと情報収集。シベリア鉄道は4人
一部屋なので、できれば4人メンバーでと思い同期に声をかけてみました。「いいねー、乗
りたいなあ。」と言う人もあれば、なかなか出来ない事だから一緒に連れていってもらいな
さいと周りから薦められたという人もありもしかして4人以上集まるかも!と期待していた
のですが…。結局メンバーは3人でした。予定が合えば一緒に行きたかった、という人もい
たので残念でしたが。
        
そして今度は情報収集。当時はエジンバラに住んでいたと言う事もありなかなか難しいもの
がありました。一番役に立ったのは日本から送ってもらった「地球の歩き方〜シベリア鉄道〜」でしたね。これでなんとか予備知識を得ることができました。

そして知ったクリアーすべきこととは
1、ロシア入国にはビザがいる
2、そのビザを取るには旅行会社でホテル等を予約し、その会社からバウチャーなるもの
(予約証明書)を発行してもらわなければならない。いや、ホテルだけではなくシベリ
ア鉄道の切符も予約しておかないといけないらしい。
3、ということはどこぞの旅行会社で上記の手続きを済ましてしまわねば。
4、そのためにはU・K内に散らばって滞在しているシベリア鉄道の旅参加
者の同期のMちゃん、Yちゃんとロンドンで会って打ち合わせしておかないと…

なんとか3人で話し合いができたのが3月末。旅行会社を決めて申し込みをしたのが4月。
どこの旅行会社がシベリア鉄道の旅を扱っているのか見当がつかなかったので、UK―Jのとし
さんにきいて「STAトラベル」にすることにしました。英国では 同じ銀行でも支店によって
対応が違うとゆう事があるように旅行会社も支店によって微妙に対応が違いました。申し込み
をする前に何店かチェックして、対応の良かった支店や担当者を選ぶと良いと思います。なか
なかおもしろいですよ、同じ質問をしても全く違った答えが返ってきたり。それと、この旅行
会社では担当者が最後まで対応することになるので、担当者の名前を覚えておいて、次回来店
した時は受付で担当者の名前を告げることになります。

シベリア鉄道のパンフレットは店頭には置いていないですが、スタッフに頼めば奥から持っ
てきてくれます。これが結構いろいろなコースがある。ただシベリア鉄道に乗るだけのコー
ス、バイカル湖で途中下車してトレッキングをするコース、モンゴル・中国を経由するコー
スなどなど。シベリア鉄道が毎日出発するわけではないので出発日は限定されていますが、
いろいろと付け足して旅の内容を膨らましていくことができます、お金があればですが…。

私達が選んだコースは 「3つの首都めぐり」とでもいうのでしょうか。モスクワからシベ
リア鉄道に乗ってモンゴルの首都ウランバートルで下車して草原のゲルに泊まり、再びウラ
ンバートルから北京までシベリア鉄道に乗る。北京からはオプションで上海まで移動しそ
こから大阪行きの船に乗って日本に帰りつく、というものでした。
 
これでコースも決まって、ツアー開始日も7月8日となりました。後はビザを旅行会社に
とってもらうのとモスクワまでの入国方法を決めれば…。モスクワまでの入国方法はベル
リンからモスクワまで特急列車でと考えていたのですがこのチケットは旅行会社では取っ
てくれないとのこと。ドイツからの列車のチケットなんて、どこで入手すればいいんだー!
すると、友人のMちゃんがインターネットで調べてドイツ国鉄(?)のHPから無事にチケ
ットを取ってくれました。よかったー、ありがとう。

旅行会社で予約手続きをすませた日にパスポートを預けてビザ申請の代行手続きもお願
いしてこれで課題はすべてクリアー!、とうかれていたのですが思わぬ落とし穴があっ
たのです。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.2
「一番の課題はビザだった…」
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今回の旅行では ロシア、モンゴル、中国の3ヶ国ものビザが必要。ツアー開始の3ヶ
月前に申しこんでいるので 通常なら何の問題もなかったのです。1つのビザを取る
のに約1週間としても。

ただ、私達はモスクワ入りする前に 2ヶ月近くヨーロッパ旅行をする予定。しか
も、Yちゃんは4月末にU.Kのビザが切れるので それまでに全部ビザをgetし
なくてはならない…。で割増し料金を払って2週間位で用意してもらうことに。ぎり
ぎり間に合う筈でしたが、見落としていたことがあったんです。Mちゃんが気づいた
のです。ベルリンからモスクワに行く途中に通過する国、ベラルーシ共和国のビザが
いることを!

ベラルーシ?どこ、それ…、という状態でした。しかし、なんとしてもビザは必要。
YちゃんはU.K出国ぎりぎりにパスポートを返してもらってヨーロッパに行くし、
Mちゃんと私は5月中旬に返してもらって5月末に出国。間に合うのだろうか…。もう
少しビザを取る期間と自分達の出国時期を考えて 早めに申しこむべきだった。結局
 Yちゃんはパリのベラルーシ大使館でビザを取ったのですが、職員が仏語と露語し
か話せない、ということでとても大変だったようです。

私達は 忙しい中ロンドンのベラルーシ大使館に出向いて(でもその日はビザ業務が
閉まっていたので 急遽郵送で申し込みを…)、やっとのことで全部のビザをパス
ポートに貼ってもらったのでした。あー、やれやれ。本当に「綱渡り」でした。4カ
国のビザを取るのは大変です。

これからシベリア鉄道に乗る予定の方、余裕を持ってビザを取りにいきましょう。
STAも支店によっては ビザは自分で取れというところもあるし。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.3
「ベルリン〜モスクワへ」
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ヨーロッパ旅行を終えていよいよモスクワに向けて出発する時、3人ともドキドキし
ていました。モスクワは治安が良くないと言うし、ヨーロッパの他の国と比べると未
知の国。何が起こるんだろう、と言った感じでした。

7月7日の夕方4時06分ベルリン発の列車に乗って 約27時間の旅!食堂車はなさそう
だったので、4回分の食事と飲み物を持ちこんで…。列車は特別に綺麗ではないけれ
どそこまで汚くもない、so―soでしょうか。私達の乗ったのは 3人掛けの座席
が並んでいるだけの小さな個室ばかりの車両。夜寝る時は席を倒して 3段ベッドと
いうもの。
3人なので丁度よかった。

スペースもせまいので 食べるか、寝るか、おしゃべりか、トイレに行くぐらい。
困ったことは この車両の車掌が スケベ親父で見かける度にふざけて,というかか
らかってきたこと。特にYちゃんは餌食にされていた…。
 
そして 途中からとても心配になってきたことが…。列車が予定より遅れている!モ
スクワ時間で夜の10時近くの到着なのにい。本当に送迎の人(このツアーはロシア入
国時の送迎付だった)は待っていてくれるのだろうか…。

これがロンドンならねえ、こんなに心配はしないのだけれど。モスクワの夜なんて怖
いし、電話もロシア語ではかけられないし。明るいうちならいいけれど真夜中だよ、
真夜中。もう、時計を何回も見ながら3人とも列車の中でかなり焦っていました。

列車がモスクワについたのは 深夜12時半…。ホームのあたりにはそれらしい人もい
ないし、もうだめだ、やっぱり遅いから帰ってしまったんだと顔面蒼白になったとこ
ろで、あっ!ホームのうんと先のほうに ボードを持った人が          
                      
待っているではないですか!

おおー、もう駈け寄って3人で「スパシーバー(ありがとう)、スパシーバ」と連呼
してしまいました。まあ、列車の遅れと言うのは珍しくも無いようなので、そんなに
心配しなくても大丈夫だったのかもしれないですけれど。この時は本当に不安だった
んです。で、深夜にホテルまで送迎してもらってベッドに入ってやっと安心できたの
でした。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.4
「意外に楽しいモスクワ観光」
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ロシアというとどうしても“ソ連”時代のイメージが強くて、物不足、何を買うにも
行列、なんていう先入観があったのですが、以外でした。「豊か」な感じなのです。
デパートにもスーパーにも ヨーロッパ諸国と変わらない品揃えがあるしおしゃれな
お店もある。なーんだ、ベルリンで食べ物を買いこまなくても大丈夫だった…。た
だ、品質については油断がならないらしくミネラルウオーターなんて「まがいもの」
(中身はただの水道水)が売られていることもあるらしい。気をつけましょう。
                        
で、シベリア鉄道に乗る前に2日間観光する時間があったのですが、モスクワは以外
にも見所があって なかなかよかったのです。クレムリンの中にある博物館(?)で
はロマノフ王朝のお宝や豪華な馬車、衣装にため息をもらしてました。ロシア正教の
寺院はヨーロッパのほかの大聖堂とは違った趣があって興味深いし、赤の広場を実際
に見れる感動を味わい、おいしいボルシチに舌鼓を打ち…。あ、お土産屋さんのマト
リョーシカを見るのも楽しいです。最新版は なんと「ハリー・ポッターのマト
リョーシカ」!なんでも作っちゃうんだな。YちゃんとMちゃんは お土産に小さい
マトリョーシカを買ったのですがこれがすごい。2〜3センチくらいなのに12個も
人形が入っているという。お店のおばちゃんは ニコニコしながら楽しそうに いろ
んなマトリョーシカを見せてくれました。

モスクワの地下鉄は恐ろしい、と聞いていたのでびくびくしながら乗ったのですが何
事も無くてホッとしました。まあ、まわりのロシア人がきつーい顔でこっちを見てい
たりするのもあって 良い雰囲気とはいえないので注意が必要だと思いますが。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.5
「お巡りさんに気をつけよう!」
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そして モスクワ観光の最大の敵(?)が お巡りさん…。外国人は外出時に必ずパ
スポートを持参しなくてはいけない、というのがあってパトロール中のお巡りさんか
ら パスポートを見せろといわれることがあるのです。順当にいけば ビザをチェッ
クしておしまいのはずなのですが・・・。「このビザには問題がある,罰金よこせ」
なんてぬかす警官もいれば偽者警官が本物のふりをして「罰金」なんて騙すこともあ
るのです。

モスクワ滞在中にあたらなければいいなあ と思っていたのですが、あたってしまい
ました、最後の最後にホテルの近くの道路で…。パトカーから3人の警官がおりてき
て(しかも一人は肩からライフルをさげている)「パスポート」と言われたのです。

うわあー出たアアア…。で、でも銃を持っているから逆らうのはあかんと思いしぶし
ぶパスポートを出しました。返してくれなかったら困ると思って、パスポートを相手
に渡さず しっかりと自分の手に持って“見せる”という形をとりました。警官は 
ビザをチェックして何も問題がないとわかるとあっさりと返してくれました。

ああ、よかったー、悪徳警官でもないし もぐりの警官でもない。初めのうちはこの
警官達を怪しんでパスポートを出し渋っていたYちゃんとMちゃんも私のパスポート
がすぐに返されたのを見てようやく見せていました。そして最後に「Good Lu
ck」といって彼らは去っていきました。どうなるかと思って どきどきしてしまい
ました。今となっては 良い思いでです、はは。


ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.6
「さあ、シベリア鉄道にのりこむぞ(第一日目)」
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いよいよシベリア鉄道に乗りこむ時がやってきました。ここでちょっと 事前の準備
について。
 
まずは 飲み物。ミネラルウオーター、紅茶のテイーバック、コーヒー、そしてマグ
カップもクッキーやチョコといったお菓子、カップラーメン(食費がうくし非常食と
して)

生活用品として
トイレットペーパーは一人1個づつ(列車のトイレには備え付けていない)便座ふ
き、ウエットッティッシュ、あかちゃんのおしりふき(あるとトイレの後気持ちがい
い)スリッパ、それと箸もしくはスプーンかフオーク、紙皿(あると便利)
といったところでしょうか。

あとお金について。
ロシアルーブルはロシアでしか両替できないので、入国後にしか入手できません。ロ
シアでは アメリカ$がとても強いので、手持ちの金は$に換えておきましょう。日
本円やイギリスポンドだと両替できないでしょう。ユーロはちょっと 浸透してきて
いるようです。ロシアは旅行者の所持金に関してとてもうるさいので、税関の書類に
は所持金を正確に記入しましょう。あと、ルーブルの国外持ち出しも禁止されていま
す。最悪捕まってしまう事もあるそうですから。

それでは お待たせいたしました。ここから シベリア鉄道の旅が始まります。目の
前に ロシアの大地を思い浮かべながら読んでみてください。


第一日目(2002年7月10日)

今日はシベリア鉄道に乗る日なのだけど、出発は夜なので それまでモスクワ観光を
して 早めの夕食をすませてホテルに戻ってきました。預けてあった荷物を受けとっ
て ロビーでひたすら送迎の人を待つ。8時半に旅行会社から手配された タクシー
の運転手のおっちゃんが来てくれて荷物をタクシーにつめこんでくれました。駅まで
30分位かかったかなあ。道々 名所の説明もしてくれたりして。

さて、駅についてびっくり。人がたくさんいるううう。しかも大きな荷物をカートに
のせていて、その荷物が巨大ダンボール数個だったりして。普通の旅行者とは感じが
違う。そしてほぼ全員がアジア人。いったいどうなっているんでしょ。しかし うん
ちゃんは慣れたもので、慌てもせず私達のチケットを見て列車番号・車両番号・座席
番号をばっちり暗記すると 荷物を持ってずんずん人ごみの中を進んでいく。

さて 税関らしき門のところで ロシア人の係官がアジア人を通せんぼしていた。
で、ちょっともめていた。どうやら大荷物(あきらかに商品)がひっかかったらし
い。だからあんなに アジア人が入り口でうろうろしていたのか。そして 係官は私
達一行には目もくれなかった。送迎サービスがあって本当によかったです。そうでな
いと 何にも知らずに
この人ごみの中で 行儀よく並んでしまうところでした。

各車両の入り口には車掌さんが立っているので チケットをみせて中へ。このチケッ
トは降りるまで 返されないらしい。うんちゃんは 荷物をコンパートメントまで運
んでくれた。ありがたやー。重かったからね、荷物。なんせ1週間分の食料に各自ミ
ネラルウオーター1.5リットルが3本づつ。

さて 列車の内部は イメージとちょっと違った。これは ウラジオストックまで行
く“ロシア号”ではなくて“モンゴルエキスプレス”のせいかもしれない。なんかね
え、内装がシンプルでシベリア鉄道っていう気がしないんだよね。設備は ほぼガイ
ドブックの通りでした。4人部屋は 下段に向かい合わせのベッド兼ソファー。その
上にも 向かい合わせで上段ベッド(一応はしごもついている)。そして窓際に備え
付けテーブルがひとつ。今回は 同室者がいないため3人で一室貸し切り状態なので
 すごく気楽。荷物をベッドの下に入れたり 上にあげたりして(廊下の天井部分に
荷物スペースがある)、やっと一息つきました。

さて、落ち着いてみると もうすぐ発車時間というのにまわりは とっても静か。他
にお客はいないのかと思ったほどでした。アジア人数組と西洋人の若いカップルが一
組。このカップルは男性の方が 髪がもじゃもじゃでサッカー選手のラモスのよう。
で、勝手にこのカップルを「ラモス夫妻」と命名。

22:03に列車は すうーっと動き出しました。あー、とうとう乗ったなあシベリ
ア鉄道に。ヨーロッパとお別れで 日本に帰るんだなあと実感してきました。窓から
景色をみながら 感慨にふけっておりました。それにしても ロシアの駅ってさびれ
ている…。

もう、夜なのでその日はベッドメーキングをして寝る事にしたのだけれどどこから涌
いてきたのかアジア人が多く乗りこんできていて 荷物を持ってうろうろしている。
正確に言えば 入り口あたりに積み込んだ荷物を部屋に 
運んでいるようなのだが何往復もして尚且つうるさい!私達は 寝たいん
だよ。「何ナノさー」「落ち着こうよ」と ぶつぶつ挙動不審のアジア人に腹
を立てながら  眠りについたのでした。 このとき 私達は彼らはグループで商品を
買い付けにきた中国商人だと思っていた。

 

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.7
「二日目(2002年7月11日)」
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昨日は一日モスクワ観光で疲れていたので 朝は寝坊してぐうぐう寝ていました。午
前10時 Mちゃんが
「人がいっぱいいる!」
と停車駅を見て叫ぶ声で飛び起きました。シベリア鉄道の旅の楽しみのひとつが停車
駅でロシアの人達から食べ物を買うだったので
「物売りがいるかもよ!」
と慌ててYちゃんも起こしたのだけれど…。あれ、何かが違う???列車に乗ってい
たアジア人達が駅に来ているロシア人に服を売っている?肩や腕にたくさんの服を
引っ掛けただけの状態で、もしくはマネキンを高々とあげて。カラフルな服もあっ
て、若いロシア人の女の子も結構買っている。その場で試着する人(ちなみに駅のプ
ラットフォームです)、までいる始末。

あっけにとられる3人…。どうやら この列車は 商売をする人達がたくさん乗り込
んでくる列車だったらしい。列車のなかでロシア人との触れ合いを期待していたので
ちょっとショック。そして、謎のアジア人はどうやらモンゴル人であることが判明。

その後朝食兼昼食を食べる事になったが、ここで初めてサモワール(24時間使用OKの
列車内にある給湯器)を使用。いつでもHot Teaが飲めるのは嬉しい。ただがたがた
揺れる車内をお湯の入ったコップを持って歩くのは神経を使うけれど。食事の後はト
ランプをしたり、通路でストレッチをしたり。のーんびりと過ごす。

駅に停車する度に食べ物を売っていないか 目を凝らして観察するのだけれど、なか
なかいない。想像では ロシアのおばちゃんが選びきれない位たくさん食べ物を売り
にプラットフォームにたむろしていると思ったのだけれど。それでも ある駅でピロ
シキらしきものをGet。中身はリーク(ねぎのようなもの)でおいしかった。あの
 油っぽい日本で売っているピロシキとは全然違う!他にも イチゴやりんごなどの
果物を売っていた。りんごも4個を60ルーブルでGet。ちなみにピロシキは1個5
ルーブル。安いわあ。

ところが夕食となる程の食べ物をGetできなかったので非常食だったカップラーメ
ンを早速食べ、果物にはりんごというメニュー。おいしかったけれど このカップ
ラーメンはちょっと小さめだったので足りない。とても、とてもお腹にたまらないの
である。Yちゃんは 空腹でとても辛そうだったし。みんな夜の10:30にはベッ
ドに入ったのに 空腹の為に寝れず、3人とも12時近くまで起きていた。ひもじ
い…。明日こそ食べ物を!

夜中の12時にも駅に着いたので暇つぶしにボーっと表を見ていた時だった。小さい駅
なのに乗客がちらほらいた。と、ひとり目の合ったアジア人(たぶんモンゴル人)の
若い男がこちらの窓にむかって小石を投げつけてきたのである。こっわーい。何やね
ん。もうたった一日でモンゴル人の印象は最悪。トイレの使い方は汚いし、何回もコ
ンパートメントの戸を開けていく奴はいるし(どうやら空き巣目的らしい)。まあ、
必ず3人のうちの誰かが荷物番で部屋に残るようにはしていたので被害はなかった
が。表に目印にとかけておいた日本のお守りはあっとゆうまに無くなっていたし。昼
間トランプをしている時、部屋に入りこんで話をしようとする奴もいたしさ。

{教訓}
“モンゴル エキスプレス”はモンゴル商人ばかりですれた感じの人が多くガラが悪
い。ついでに車掌も愛想が無い。荷物は常に気をつけ目を離さないように、そして部
屋を無人にしないように。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.8
「三日目(2002年7月12日」
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空腹のため3人とも夜中にやっと寝つけたため今朝も朝寝坊…。10時近くにYちゃん
が 停車駅に物売りがいないか確認するために起きていた。

Asatonも起きたのだが、すぐベッドに戻ってしまった。あかん、空腹すぎて立ってい
られない。ベッドのシーツをしまうのも重労働に感じる。Mちゃんも上のベッドから
 死人のようにだらりと手を下げているし。朝食のパン3切れとミルクでようやく一
息つけたけれど話にのぼるのは「食べ物」について。今日はゲットできるか、だめ
だったら高いけれど
食堂車に行くしかない…etc。3人の気力はほぼ限界にきていた。

11時、列車がとある駅に到着。この駅には物売りがたくさんいる。やったー!チャン
スとばかり戸口に走ったが、車掌さんが
「5分間しか停車しないから(降りちゃダメ)」
といって降ろしてくれない。しかたなく別の車両から降りたのだが財布を持っていた
Mちゃんとはぐれてしまい、                         
     
「どうしよう」と考えているうちに列車が動き始めていたので慌てて飛びのり間に
合ったのだが、目の前に食べ物があるのに買うことができなかった。コンパートメン
トで荷物番をしていたYちゃんは窓からピロシキを買おうとトライしていたのだが手
が届かずムリだった。おばちゃんも売ろうとしてくれていたのだが。
「あー、ピロシキーがあああ!!」
Yちゃんのせつない悲鳴がロシアの大地に響いていた…。

コンパートメントの中でみんな放心状態だった。あんなに食べ物があったのにGetで
きなかったなんて。そして、次の駅も洋服セールのみで食べ物無し。こうなったら5
時の停車にかけよう!昼食は りんごにカップスープのみ。asatonはなんとウイーダ
ビックス(固形のシリアルのようなもの、普通は牛乳をかけて食す)をそのままかじ
るという暴挙に出る。でも空腹だからかおいしく感じ、そして時間つぶしにトランプ
の大貧民をして遊ぶ。

さて 停車駅に近づいてみると「あー、またないよ。」とMちゃんの声。しかし ま
あキオスクで何かゲットしようと降りてカップラーメンを見ていた時、ピロシキを
持ったおばさんが通りかかった!やった!!                  
              
「3個下さい!」
こちらは英語であるが、むこうはロシア語。でも手振り身振りでなんとか通じるもの
である。ロシアのおばちゃん達は 言葉がわからないからといってぼったくることは
決してなかった。みんな値段が一律だった。やっと、ああやっと食べ物を手に入れ
た。もう、浮き立つ気持ちで近くの車両に乗りこみ自分のコンパートメントに戻る。
留守番をしていたMちゃんが不安そうな表情で聞いてくる。
「どうだった?」
そこで、無言で戦利品を目の前で掲げて見せて思わずにんまりする。狂喜乱舞して喜
ぶMちゃん。私も嬉しいよお、食べ物が手に入って。そのすぐ後にYちゃんも戻ってき
たのだけれど、やはりピロシキとふかし芋を2袋(できたてのアツアツ)Getしてきて
くれた。すごい。Yちゃん、ありがとよ〜。ああ、やっと食事にありつける。3人で食
べるには 苦しいくらいの量だったけれど 久々の満腹感。

モスクワ時間で夜の7時にはとてもきれいな夕日が見れた。真オレンジでとてもセン
チな気分にさせてくれる夕日だった。 そろそろ時差に慣らしておくために、時計を
3時間進める。ああ、グリニッジ標準時からどんどん離れていくなあ。すると夜の8
:45だったのが一気に11:45。もう寝ないと、ということでバタバタと就寝準
備をする。

{教訓}
モンゴル人の洋服売りが多くて、食べ物売りが目立たないが、ホームの端から端まで
よく探せばきっといるものである。停車時間は大体20分なので、割と時間はある。た
だし、見つけにくいので非常食としてカップ麺や何かお腹にたまるものも用意してお
くと安心。

食べ物の値段は5ルーブル、10ルーブルといった切りのいい数字が多い。ロシア語の
数の数え方だけでも覚えておくと楽。また、お釣りをくれないので5ルーブルのもの
を1個買おうとして10ルーブルだすと品物を2つ渡されてしまう。まあ、食べればい
い事だからね、安いし。
                           
ちなみに1US$=29ルーブル=120円くらい。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.9
「四日目(2002年7月13日)」
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今日も朝寝坊して昼に起きる。トランプもせず、ストレッチもせずただぼーっとし
て、話をして、飲み食いしながら過ごす。お互いにマッサージをしあったり。

今日は停車駅で珍しい食べ物をゲットできた。Mちゃんはロシア風クレープ(中身は
カッテージチーズ)とピロシキ(キャベツ、卵とリークの2種類)をゲット。Asaton
はししゃもの燻製と細長いウエハースののような中に蜜が入っているお菓子。ししゃ
もは塩味がきいていて、炭酸の飲み物との相性が最高!ビールでもいけたかも。

ただ、この停車駅に止まった時、鼻血をだしてぐったりしたモンゴル人の若者が車両
のおどり場に座りこんでいた。顔は血だらけで、トイレで顔を洗ったりしたらしく
あっちこっちのハンドルも血まみれ。彼は身じろぎもしないので死んでいるのかと
思ったほど。何なんだろう、と3人でいぶかしがるけれど、あんなに怪我したのなら
仲間が助けにくるはず。放っておかれているということは仲間内の喧嘩ではないだろ
うか。ここの商人達は柄が悪いしねえ。で、様子を見ることにしたのだけれど、彼が
いつのまにか去るまでちょっと気味が悪かったです。
                                      
                                      
   
「ラモス妻」も この光景を見てぎょっとしていたし。この「ラモス妻」とは時々言
葉を交わすようになってきました。一度彼女が買ったイチゴをご相伴にあずかった
し。しかーし、停車駅で彼女が買ったものについて聞いてみると「チーズとトマト」
というのにびっくり。せっかく ロシアのおふくろの味が食べれるチャンスなのに
な。おいしいものがいろいろあるのにもったいないなあ。(ベジタリアンだったのか
もしれないけれど)

友人達と日本人でよかったと確認しあってしまいました。日本人はすごく食に対して
貪欲でいろんなものを味わえる能力が高い気がする、うん。ロシアのピロシキは ど
れも形や具が違って、ひとつとして同じ味が無かったです。貴重な経験でした。本当
においしかった。                              
                    

そして広大なロシアの大地を目の当たりにして「大きさ」を実感しました。何日列車
に乗ってもまだまだ大地が続く。林があるかとおもえば平原。道路が無いので住んで
いる人達は線路の上を歩いていました。道無き道を行くよりは 
近いし楽なのでしょう。こういった村は家がぽつーんとあるだけで、どうやって生活
しているのかと思うくらい。モスクワは都会だったけれど、地方はまだまだなのかな
あ。冬は寒いんだろうなあ、とかいろいろ考えてしまいました。         
                       そして、日本人が多く抑留されて
犠牲になった地でもあるんだ、と大地をみながら考えていました。
                          
ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.10
「五日目(2002年7月14日)」
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今日は お楽しみにしていたバイカル湖が見れる。朝方に見れる筈だからと目覚まし
を早めにセット。しかし、なかなか寝つけなかったため結局2〜3時間しか寝ていない
ことに。

せっかく頑張って起きたのに、外を見ても湖らしきものは無い。見逃してしまったの
だろうか。しかし、MちゃんとYちゃんは早めに起きてカップラーメンをすすりながら
常に外をチエックしてくれているし。Asatonは少量の朝食と寝不足のせいで朝から気
分が悪い。

そうこうしているうちにイルクーツクの駅にかなり遅れて到着。ホームには西洋人の
バックパッカーが大勢列車を待っていた。後から分かったのだが、ほとんど同じツ
アーの人達でバイカル湖でトレッキングをするために途中下車して何日か滞在してい
たらしい。いつのまにか あのモンゴル商人達は消えていた。どうやらイルクーツク
の手前の駅で降りたらしい。代わりに旅行者が増えたので雰囲気ががらりと変わっ
た。

やっとバイカル湖が見えてきた。モスクワ時間で6時。本来なら1時に見えるはずだっ
たのに。(現地時間ではその時は午前中だった)列車はかなり遅れている。3人とも
バイカル湖に歓声をあげ、必死に写真を撮ろうとする。が、電柱や木に邪魔されてな
かなか思うようにいかない。ようやく撮り終えてじっくり湖を眺める事ができた。水
はすごく綺麗という事も無かったけれど、とにかく広い!一時間以上走っているのに
まだまだ湖が続いている。3〜4時間走ってもまだ湖だった。途中、湖の際を走った
り、スイスのような風景が見れたり。堪能した。

途中の停車駅で2分しかないながらも窓からイチゴを購入。Yちゃんはなんとか外に
出て燻製3種類をゲットしてくれた食べ物の購入も段々うまくなっていったなあ。

お昼にYちゃんとMちゃんはロシアルーブルを使いきるため食堂車へ。一時間半位して
戻ってきたけれどAsatonは気分が悪くてうつらうつらしていました。二人が帰ってき
てからMちゃんに付き合ってもらって食堂車に行く事に。鶏肉のスープと黒パンを
オーダー。パンはまずいけれどスープはまあまあかな。帰ってくるとYちゃんは熟睡
していた。Mちゃんも「寝る」といって上段のベッドへ。結局3人でしばらく寝て過
ごす。

夕方の5時にもう一回食堂車へ。ルーブルが持ち出し禁止なのでなんとしても使いき
りたい。食堂車は高いと聞いていたのでこれまで使わなかったのが一食100ルーブ
ル以上あればOKだった。今回はポークのメインを食べる。パスタも添えてあっておい
しかった。ルーブル使いきり作戦のため、食堂車の売店でジュース、お菓子、ウオッ
カを買って、なんとか紙幣を使いきる。

もうすぐ国境である。トイレが閉められる前に行っておこうと持ったらもう閉まって
いた!どうしよう、予定では200分間停車でるもつか、200分…。シベリア鉄道
では トイレの“汚物”はそのまま下に落とされる仕組みなので停車中は(その前後
10分くらいも)トイレは使用禁止となり閉められてしまうのです。

ロシアの国境駅のナウシキに到着し、ロシアの係官が乗りこんできた。そうしてお客
のパスポートを持ってどこかに行ってしまった。停車時間が長いし特に降りるなとも
言われなかったので、お客が駅に降りはじめていた。このまま何時間もトイレを我慢
するのは苦しい。Yちゃんをさそって意を決して駅のトイレを探しに行く。

軍人さんらしき人に教えてもらって、トイレは無事に見つける事ができた。ものすご
いトイレだった。便器じゃなくて穴があるようなもので、においもすごい。でも、用
を足せてやれやれだった。で、落ち着いてからプラットフォームを散策していると、
駅の柵の向こう側で地元民が食べ物を売っている。品物のやりとりもお金の受け渡し
も柵ごしである。どうやら地元民は駅の中には入れないらしい。3人のルーブルの小
銭をかき集めて肉まんを買ったりする。おいしそうだったのは炭火焼のバーベ
キュー。それを柵ごしに売るんだからすごい根性だと感心してしまう。

2時間位外にいれたがアナウンスがあって全員列車に戻った。係官がきてパスポート
を返すとともに、一室づつコンパートメントをだされ部屋の中のチエックがあった。
といってもざっと見るだけだったけれど。私達の予測では密入国をチエックしたいの
かなという感じだった。今度は税関の職員が来るがここで問題が起きてしまった。ロ
シアの出入国時は所持金を正確に申告しなくてはならないのだが、入国時に記入しス
タンプを押された書類を出国時に書いた書類と合わせて提出しなくてはいけない。2
枚揃ってはじめてOKがでるのだ。入国時より所持金が増えていないかチエックされる
らしい。私達もこの制度は知っていた。だからベルリンからモスクワに出る列車の中
で一生懸命申告書を書いて提出したのだった。なのにその時の係官は書類を集めて
持っていってしまい返してくれなかったのである。後で返しにくるのかと思い(結局
返しにこなかったけれど)、別になくても大丈夫なのかもと思い気にもとめず確認を
しなかった。

さあて、シベリア鉄道の中で税関の係員のおばちゃんはその書類を提出するように
言ってきた。私達は「持っていない」といい理由ももちろん説明した。しかし、おば
ちゃんは「それは困る」といったことを言った。                
                
「それがないとねえ」
おばちゃんの顔はとてもシリアスである。しかし今更私達にはなすすべが無い。しば
し、コンパートメントの中を重い沈黙が流れる。もしかしてここで降ろされてしまう
だろうか。ありえないことではない。どうしよう、おばちゃんなんとかしてくれ。お
ばちゃんはとてもシリアスな顔のままである。同僚に相談したりしている。やがて、
ちょっと不本意そうな声で
「ユーロがいくらで ドルがいくら…。ま、いいか。」
といったような事をつぶやいてコンパートメントを出ていった。冷や汗である、いや
顔面蒼白とでもいおうか。とにかく3人一気にシリアスムードになってしまった。い
くらおばちゃんが出ていったとはいえ見逃してくれたのか確信が無い。もしや、又
戻ってきて「はい、降りて!」と言われてしまうのではないか。「列車が動くまで安
心できない」というわけで3人ともまんじりともせず列車が動くのを待った。結局、
夜の7時近くに国境駅について11時45分に出発した。で、3人はやっと胸をなで
おろしたのであった。約5時間の国境越え、長かった…。この旅一番の危機であっ
た。税関のおばちゃんの温情に救われた。そうでなかったらどうなっていたこと
か…。

そうして 次はちょっと走ってモンゴルの国境駅に到着。またここでモンゴルの出入
国カード、税関への申告書を書かなくてはいけない。が、困った事に字が読めないの
である。モンゴルの言葉でしか書かれていない…。車内をうろうろして ラモス夫妻
のコンパートメントにお世話になる。このコンパートメントには英語が話せるモンゴ
ル人の学生さんがいたのだ。みんなに教えてもらって書類を書き上げ、入国審査等が
あって列車が再び動き出したのは 夜中の2時近くであった。もうくたくた。

{教訓}
バイカル湖はとても大きな湖なのであわてて写真を撮らず、景色が良くなるまで待っ
たほうが良い。

国境越えは想像以上に時間がかかるもので、予定より伸びることもあるので覚悟しま
しょう。トイレは早めに済ませておき(閉まる直前には長いキューができる)直前に
もう一回行くようにすれば完璧です。飲食は国境到着の2時間前から取らないように
しましょう。特に紅茶は利尿作用が強いので禁物です。

ロシア入国時の税関にだす書類は必ずスタンプをもらって返してもらいましょう。そ
してなくさないように大切に保管しておいて下さい。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.10
「六日目(2002年7月15日)」
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今日はいよいよモンゴルに降り立つ日である。久々にお風呂に入れるんだなあ。最初
のうちこそ「お風呂に入りたいよー」という心境だったけれど、途中からなんだかど
うでもよくなってきてしまった…。毎晩、清拭していたしね。

昨夜は2時近くまで入国審査等があって起きていたので、朝はのんびりと寝てしまっ
ていた。モンゴルの首都ウランバートルには何時に到着するのか知らなかったし、車
掌さんが一声掛けてくれるはず と安心しきっていたからねえ。ところがbloodyな
うちらの車両の車掌(♀ちなみに車掌さんはほとんど♀ばっかしだった)は、教えに
来てくれなかったのである。

で、あんまりにもさみしい駅なので、はじめはウランバートルに着いたとは思わずに
いたのだが、ホームにたくさん人がいるし、まわりの乗客が降りる準備をしている。
もしやと思って隣の金髪の西洋人のおねえちゃんに聞いてみると、「ここがウラン
バートルよ」と教えてくれた。

3人とも大変慌てた。これからゆっくり朝食を、なんて思っていたのにそれどころで
はない。大急ぎで荷物をパッキングして外へでる。ここには送迎の人がきているはず
である。

ボードを持っている人はたくさんいるのに、私達のお迎えの人が見つからない。3人
で別れて探していると、さっき質問した金髪の西洋人ねーちゃんが声をかけてきてく
れた。
「Are you Yu++++?」
と友人のYちゃんの名前で尋ねられたのだが、この際細かい事はどうでもいい。
「Yes!」
と言ったところ、西洋人のひとかたまりのグループを指差して教えてくれた。そこに
はモンゴル人のガイドさんがいた。Yちゃん、Mちゃんも呼んで無事にお出迎えの人と
会う事ができた。このツアーってこんなに参加者がいたのか(おおよそ15人はいた
だろうか)。

ウランバートルの駅は失礼だけれど、とても首都の駅とは思えない感じであった。素
朴なつくりとでも言ったらいいのか…。ここでラモス夫妻ともお別れであった。途
中、話をする機会がちょくちょくあって聞いたのだが、彼らは恋人同士ではなくお友
達だったそう…。ごめんね、 勝手にラモス夫妻なんて呼んじゃって。彼らはフラン
ス人で夏の休暇をモンゴルでボランテイア活動に参加するためシベリア鉄道に乗った
のだった。そのボランティアは、日本のグループの主催なんだそう。そうだったの
か、頑張ってね。
 
ツアー客が揃うと、まずはバスに乗ってホテルに。そこで部屋を一時間だけ貸しても
らいシャワーを浴びたりくつろげることになっているのである。

ウランバートルは首都なのに舗装されていない道路があって、道はガタガタで、建物
は古そうで、いままで見てきた国の首都とは趣が違う。“一昔前の日本(昭和20年
・30年代)”とでもいった感じである。それなのに観光客用のバスは椅子のデザイ
ンもつくりもシンプルながら清潔だし、ホテルも西洋のホテル並の綺麗なところなの
である。
貧富の差がある国なんだなあと実感してしまった。

さて、ホテルでは3人に1部屋があてがわれたのでちょっと忙しかった。12時から
1時の間に3人がシャワーを浴びなくては行けない。1人20分で速攻で入った。こ
れからゲル・キャンプに泊まるのでその前にシャワーを浴びれるのはありがたい。
すっきりしたあ。

そして、午後はガイドさんによる市内観光、というかウオーキングツアーがあった。
大通りに出た時、ガイドさんが言った。
「ここがウランバートルのメイン ストリートです。これだけですから、わかりやす
いでしょ。」
え、これだけ…。だってちょっと大きな道路にシンプルな建物があるだけじゃない
か。どうもモンゴルという国を中国のように考えていたからか想像とギャップにとま
どってしまった。首都はもっと賑やかだと思っていたからなあ。

ガイドさんは両替所とデパートに連れていってくれた。そこで解散し5時まで自由行
動となる。デパートでお土産を買って、郵便局で切手を買って、中央広場とてもゆう
べきところをみて、カフェでお茶をして…。他にすることがないし、手近に観光する
ところもないのである。で、早めにホテルに戻ることにした。それは他のツアーの人
達も同じだったようで みんな早くに戻ってきていた。
 
5:30にホテルを出発し、一路ゲル・キャンプへ。バスに揺られて10分もたたな
いうちに田舎の風景になった。どこまでも どこまでも大草原の中をガタガタと走り
6:40にはゲル・キャンプに着いた。ここは想像以上の満足のいく所だった。

まわりにはなにもないのである。大草原の中にゲル・キャンプがぽつんとあるだけ。
せっかく草原のゲルに泊まるのならこういう所でなきゃ!ここのキャンプは観光客用
のなので中央に食堂とトイレとシャワー室が完備してあった。これはコンクリートの
つくりでぴかぴか。とっても清潔で文句無し。但しトイレットペーパーをトイレに流
してはいけない
ことになっていたのであるが、ついうっかり流してしまうので気を使ったけど。食堂
棟を中心にして左右対称に20個近くのゲル(羊の皮でつくったモンゴル人の移動テ
ント)が配置してあった。ここのゲルに2泊するのである。どきどきして自分達に割
り当てられてゲルに入ってみる。

「うわあー、かわいい!」
3人は久々に女の子に戻ってキャーキャー言ってしまった。なんてかわいい内装なん
でしょう。How Lovely!
赤地に模様の入った箱のようなデザインのベット。中央にはちゃんとテーブルもある
し、薪で焚くストーブも。とても清潔な感じ。嬉しくって、嬉しくって、写真をとり
まくっていました。こんな所に泊まれるなんて!
 
夕食は8時から。全員で食堂で食べるのだが、春雨サラダに羊肉のスープ、そして
チョコレートも。外国人の口に合うようになっていたのでおいしく食べれた。ところ
が、いつも元気で食欲旺盛なYちゃんがあんまり食べようとしない。
残しているのである。どうやら具合が悪いようである。一人早めに部屋に帰って横に
なる事になったのだが、大丈夫だろうか。ここ標高高いからね。ウランバートルです
ら、カップラーメンの蓋がぷくーっと膨らんでいてびっくりしたのだけれど。確かウ
ランバートルは標高1000近く、ゲル・キャンプは2000位あったのではないか
な。

その夜はなかなか寝つけず、2回もトイレに行ったのだが電灯の無いなかを歩いてい
かなくてはならないので、懐中電灯があって助かった。深夜の2時に空を見上げる
と、なんときれいな星空…。北斗七星がくっきりみえる。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.12
「7月16日」
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朝9時に朝食。10時からは いよいよ乗馬に挑戦である。昨日ガイドさんに乗馬経
験がないけれど大丈夫なのか と聞いてみたところ、
「大丈夫と思えば 大丈夫。馬にはこちらの不安が伝わるから怖いなら止めた方が良
い。」
と言われていたんだけれどね。そりゃー、怖いよ、でもモンゴルで馬に乗りたくてこ
のコースにしたんだから乗らなきゃ!憧れの乗馬初体験なんだし。(料金がまた格
安)
 
馬はゲル・キャンプの近くに連れてこられていた。モンゴル馬だー。大人しい性質の
馬が観光客にはあてがわれる、という説明だったけれどどこがじゃ。ブヒヒヒイーと
勢いよく嘶いていてちょっとびびってしまう。乗り方の説明はとっても簡単だった。
そしてモンゴル人の馬を扱うスタッフの人達の手を貸りて馬に乗っかる。乗るまでは
あんなにどきどきだったのに、乗っかってしまえばそうでもない。なんだか気分が落
ち着いた…。馬は群れて動くように訓練されているので、同じツアーの人達とグルー
プになって出発。ガイドさんが
「まるでジンギス・ハーンの軍隊のようね。みんなでどこかの国を攻撃しに行きま
しょうか?」
と冗談をとばす。ガイドさんは
「どこの国?中国にしましょうか。」
なんて言っていたけれど、アメリカ人の男性は
「ロシアを取ろう!」
なんて言ってました。うーん。

初めての乗馬だけれどぽくぽく歩くだけなら全然OK.。だけど“走る”ということに
なると運動音痴のAsatonにはバランスを取るのが大変でみんなに遅れがちであった。
おまけに馬は初心者の観光客達を「ゆうことを聞かなくてもいいや」となめてかかっ
ているらしく、他の馬の尻尾に自分の鼻水をこすりつけたり、誰かのジーンズをテ
イッシュペーパーがわりにしたりとやりたい放題である。これを制止させたいのだが
なかなか大変。また、馬を走らせる掛け声が「チュ!」というのだが、私達の掛け声
では 馬にはまるで聞こえていないようである。モンゴル人のスタッフの言う事には
すぐ反応するのだが。

途中で馬を降りて小休止。馬は敏感な動物なのでやたらに写真をとってはいけないと
いわれていたので、この時間が唯一の撮影タイムとなった。ガイドさんが教えてくれ
て気がついたのだが、ここにはエーデルワイスが咲いていた。以前スイスに行った時
本物のエーデルワイスが見られず残念に思ったものだが、ここではあちこちに咲いて
いる!ああ、これがそうなんだ…。(そして、頭の中にはあの名曲が流れ…♪)

モンゴル人のスタッフはおじさんだったがとっても素朴な感じだった。シベリア鉄道
のあのモンゴル商人達とちがって なんだかのんびりしたオーラが流れていた。帰り
道 おじさんがガイドさんを通して質問してきた。
「何でイギリスの旅行会社のツアーなのに日本人がいるの?」
そう、ガイドさんも同じことを昨日聞いてきたし、他のツアー客も機会があるとこの
質問をしてきた。イギリスの旅行会社でこのルートを使った日本人はいままでいな
かったそうだからね。みんな珍しくて仕方が無いらしい。

乗馬は午前中のみで一時間の予定だったが、11時に出発して12時半にゲル・キャ
ンプに戻ってきた。一時間半だったけれどあっという間。乗馬はおしりがひりひりと
痛くなるし、腿のあたりが痛かったりとお土産もついてきたけれど、馬に乗って見る
大草原の景色はまた格別だった。

そうして1時に昼食を食べると2:30からはモンゴルの一般家庭のゲル訪問。半分
は砂漠のような状態の草原を30分ばかし歩いて、ご近所にあるモンゴル人のゲルに
到着。ちょうどの乳絞りの時間ということで、外でそれを見学。馬もいれば山羊もい
る。そこの家の子供が2、3人裸足で羊を追い掛け回している。おおー、ハイジのよ
うな子達だ。ゲルのなかではみんなそこの家のベッドに腰かけさせてもらって、イド
さんを通訳にしてご主人に質問をしたり、ガイドさんから遊牧民の生活について説明
してもらったり。馬乳のミルクテイーと馬乳でつくったファッジのようなものや馬乳
そのものをいただくけれど、はっきりいっておいしくない。いや、酸っぱいのだ馬の
乳が…。大きなお椀に馬乳をなみなみついでもらったのだが、10人以上で回し飲み
しているとゆうのに 量はちっとも減らなかった。

私達が考えていた一般家庭のゲル訪問とは違ったけれど、こんな生活もあるんだなあ
と考えせられた。トイレ設備はないので用を足すのはどうやら大自然の中。お風呂は
無いので川で水浴び。ゲルひとつのなかで家族が生活。動物のお乳で食事をまかな
い…。冬はまた寒くて大変らしいし。でも、なんとも言えない素朴なところがモンゴ
ルの良いところなのかも。

ゲル・キャンプに戻ってからはお昼寝をして7:30から夕食。昨晩は具合の悪かっ
たYちゃんも今日は元気にすべての予定をこなしていた。よかった、よかった。

さて、夜の9時からモンゴルの民族音楽のコンサートがあるというのでそれも見に行
くことに。草原の小高くなっているところがステージ。民族衣装をきた男女数人の
ミュージシャン達が楽器や歌をきかせてくれた。なかなか興味深かった。YちゃんとM
ちゃんは コンサートが始まる前にシャワーを浴びに行ったので、ちょっと遅れてき
たのだが
「シャワーが水だったのよ!しかも、ただの水じゃないの、冷水なのよ。もう(気合
を入れるための)掛け声をかけながらじゃないと入れなかったよ。」
「頭を洗ったんだけれど 水が冷たすぎて頭が痛くなるくらい。」
と、報告してくれたのでびっくり。その後、顔だけ洗いに行ったのだが死ぬほど冷た
かった。昨夜はゲルの電球がつかなかったしねえ。こんなに辺鄙なところにあるから
仕方が無いのかもね。(ちなみに翌日はお湯が出た)

コンサートの後、食堂でワインを飲んでいたらひょんなことからモンゴル人のガイド
さん達とおしゃべりすることに。そう、ここには日本人のグループが泊まっていたの
で日本人用ガイドさんが何人かいたのです。日本人の若い人達と変わらないくらい小
じゃれた感じだし、みんないい人達だった。20代前半と若いのにもびっくり。

みんな日本の相撲に興味があり、モンゴル人力士について熱く語ってくれた。私達が
相撲に興味が無いと知って とてもがっかりしていた。シベリア鉄道で下がりっぱな
しだったモンゴル人への印象も、ここにきてかなり変わってきた。ちなみにYちゃん
は、彼らから
「あなたはモンゴル人に見える。私達によく似ている!」
と太鼓判を押されていた…。


ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.13
「7月17日」
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今日は朝9時に朝食なのだけれど、眠くてなかなか起きれなかった。昨日の乗馬であ
ちこち筋肉痛はでるし…。ゲル・キャンプでの食事もこれが最後。毎回羊の肉ばかり
でていたけれどおいしかったし、ボーイさん達は一流ホテル並にマナーがよかった
し。(これは同じツアーの人達も言っていた)10時にここを出てウランバートルに
戻ってそこで一泊し、翌朝には北京行きのシベリア鉄道に再び乗るのである。

出発に際して、このゲル・キャンプの長老が挨拶してくれた。他のスタッフもいい感
じだったし、不便ながらもそれがあんまり気にならず楽しく滞在できた。ここには犬
も数匹いて夜はワンワン吠えたりしてうるさい時もあったけれど、 かわいかった。
実家で犬を飼っているMちゃんにはすごくよくなつき、尻尾をふりふり、お腹まで見
せていたのだが、以前にお客さんを噛んだ事があるという前科者であった。ガイドさ
んも「この犬は危ない」なんて言っていたのだけれどね。この犬もお見送りに来てく
れていた。スタッフと一緒になんだか寂しそうに立っていた。手を振ってくれるス
タッフをみながら「またここに遊びに来ても良いな」と思ったりして。

ウランバートルに到着すると、一昨日に列車が遅れて見学する時間がなかった仏教寺
院を見学しに行く。日本の仏教とはちょっと違うけれど、もとは同じ仏教。なんとな
くガイドさんの説明もしっくりくる。他の西洋人にとっては仏教の価値観とか世界観
はぴんとこないのではないのだろうか。アジアなんだな、ここは。列車だけでヨー
ロッパからアジアに来ちゃったよ。

その後 ホテルに荷物を置いて自由行動。といっても、観光するところはないし(ガ
イドブックを持っていないからかもしれないけれど)、郵便局に行ったり、ランチを
西洋人向けのカフェで食べて、両替所に行ってモンゴルのお金を中国のお金に換金し
て、と用事を済ませるだけであった。

この後ホテルまでの帰り道、Mちゃんがストリート・チルドレンにターゲットにされ
てしまった。3人のうちたまたまターゲットになってしまったようだが、この子供が
しつこい!6,7才といった年齢なのにねえ。Mちゃんの腰まわりにまとわりつくよ
うにして、おねだりして離れようとしない。もうバスケットのデイフェンスのように
Mちゃんが右に動けば その子も右に、と言った具合。やっとのことで追っ払ったの
だが…。ウランバートルのメインストリートには 本当にたくさんのストリートチル
ドレンがうようよしているのである。

ホテルに戻ってからテレビをみたり(なんとNHKが見れた!一年ぶりの日本のテレ
ビだ…)、洗濯をしたり。ベルリンまでは コインランドリ―を利用したり、YHの
コイン式洗濯機を使っていたのだが、ここからは洗面台での手洗いしかできない。一
回、モスクワのホテルのランドリーサービスを使ったらすごく高くついたし。シベリ
ア鉄道の列車の中は実はすごい砂が入ってくる。一日たつとあちこちざらざらだし、
Tシャツも黒ずんできた。もう洋服を洗いたくて仕方が無かったのである。(実は一
昨日シャワーを浴びた時漂白されたように顔が白くなるという具合…)さあて、いざ
洗ってみてびっくり。汚れているとは知っていたけれど水が真っ黒になるではないか
!うわああ、こんなに汚かったのか。それを見たMちゃん、Yちゃんも慌てて服を洗
うことに。

お洗濯の後はホテルのレストランでの夕食。これはツアーに含まれているので、指定
されたレストランに行くだけ。ここで気になったのは蝿が多い事。ゆっくりお食事な
んて気分ではなかったです。追っ払うのに必死で。面白かったのはここのホテルの売
店。モンゴルの観光客は半分が日本人というだけあって、売店の商品はほとんどが日
本のもの。シャンプーからカレールーまであった。久々に見る日本製品、懐かしい。

{教訓}
ガイドさんに言われたが、ストリートチルドレンには決してお金をあげてはいけな
い。
「一人あげたなら 後ろに100人いると思え。」
というようなことも言われたし。同じツアーの人達も私達も徹底的に無視していた
が、媚を売りながらよってくるのである。同情心を起こしてへんなトラブルに巻き込
まれないようにしましょう。またウランバートルではリュックは前に背負った方がい
いとも言われました。気を抜かないように。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.14
「7月18日」
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今朝は早起きしなくては行けない。7時にロビーに集合なのに、朝食は6時半からな
ので。私達はばか正直に6時半に行ったのだが、他の客は6時半前から食べていたよ
うである。なんだ、そうすればよかった。

で、7時にロビーに集合してまたバスに乗ってウランバートルの駅へ。8時の列車に
乗るからである。またまたシベリア鉄道である。ガイドさんにチケットをもらって、
さようならを言って列車に乗り込む。今度は車掌さんも中国人のおねえちゃんだし、
内装もちょっとイイ感じ。石鹸やテイッシュのアメニテイセットも置いてあるし。絨
毯も厚みが増しているし。今回は同室者がいた。同じツアーだった イギリス青年で
ある。私達はいいけど彼は女の中に男が一人でお気の毒…。

再びシベリア鉄道の旅がスタートした。列車が動き出してしばらくするとサービスで
お弁当が配られた。う、嬉しい。
鶏肉丼(鶏肉を茹でて味付けしたものとご飯の組み合わせ)だったが、まあまあおい
しかった。車掌さんによるお茶入れサービスもあったりして。実はこれは有料で、降
りる前に請求されるのだが。

モンゴルは砂漠のある国なので実はらくだがいる。それがなんと車窓から見えると言
う。同じ車両のドイツ人のおばちゃんが 
「ほら、あそこ」
と言い一生懸命教えてくれるのだがなかなか見えない。なんとか遠くにらくだらしき
ものが見えたけれど。でも、まさか駱駝が見れるとは思わなかったわ。

今夜にはまた国境越えがある。今度は中国に入るのであるが、前回のようにトイレで
苦労しないために作戦を立てた。まずは食堂車に行き早めの夕食を取る。食堂車は現
在走っている国の食堂車が連結されるので、今はまだモンゴルの食堂車である。モン
ゴルの食堂車では支払いが米$で可能なので、やってきたのだ。(ウランバートルで
モンゴルのお金は換金してしまったから)チャーハンのようなものを食し、水を飲ん
でおしまいにした。この後は 
中国の国境駅を出るまで飲食しないことにした。夕方5時のことである。コンパート
メントに戻ってからも、何回もトイレに通った。念には念を入れて。まあ自分でも
ちょっと神経質かなあとは思ったけれど。YちゃんMちゃんもかなり用心していたの
だが、Mちゃんが最後のトイレに行こうと思った時、なんともうトイレがロックされ
ていた…。げ、げ、げ…。

モンゴル国境に8時半近くについて、出国手続き等をして今度は中国の国境駅に。手
続きの後、ちょっとした見物が。中国からは列車の軌道が違うためここで列車の車輪
を取りかえるのだ。お客さんを乗せたままで。列車が倉庫のようなところに入り、い
よいよ始まった。車掌さんが私達のコンパートメントに入ってきて絨毯をめくると、
床の一部を開けた。そこの穴の部分に列車を支えるギャッチがはいるのである。列車
を支えると車輪を取り外し、そのまま列車は上に上にと高く上がっていく。かなり高
くなったところで大胆にも新しい車輪が横から勢いよくどーんとぶつかってきて 今
までの車輪を後ろに押しやってしまうのである。いいのか、こんなに荒っぽくて…。
そして車両を下げて車輪を取りつけ、支えのギャッチをはずしてできあがり。
 
この後、列車は倉庫を出て国境駅に戻ってきた。そこからがまた長くて後ろに戻って
がっしゃんと車両をとりつけて ちょっと進み、また後ろに戻って取りつけて、と
いった具合なのである。いつまでかかるのか乗客には予想がつかなかった。列車のお
客はみんなかなりトイレに行きたそうだった。もう真夜中である。Mちゃんもとても
辛そう…。トイレに行くつもりでその前に紅茶を飲んでいたから余計である。あの時
トイレにさえ行けていれば何の問題もなかったのだけれど。 どうなるのかと思った
が、Mちゃんは幸運にも駅に降りてそこのトイレに行く事ができた。列車が発車した
らどうしようとヒヤヒヤしながらだったが。よかったねえ。実は私も前回の国境越え
で、ロシア国境駅を通過した後お茶を飲んでしまいモンゴルの国境駅で死ぬほど辛い
思いをしたのである。あんまり詳しく書くのもなんだけれど、とにかくハードだっ
た。

さて、他の乗客達は混乱していた。車掌さんは英語が話せないので「あとどれくらい
停車しているの」「何時に出るの?」という質問に対する明確な答えをくれないので
ある。車掌さんが言った「TWO」という単語が「あと2時間は停車している」と解
釈する人もいれば 「AM2時に発車するらしい」と意味を取る人もいて…。ご近所
のコンパートメントの西洋人のおねえちゃんも トイレに行きたくてしかたない様子
だった。後2時間止まっているらしいからといって 
一回下車したのだがすぐに戻ってきたので「どうしたの?」ときいてみると「もう発
車するっていわれたのよ。みんな言う事がばらばらで…。誰も正しい事を教えてくれ
ない!」と、憮然としていた。本当にねえ…。

結局、深夜の2時近くに列車は動いた。Asatonもこれでやっと安心して水を飲むこと
ができた。辛かったー。脱水になりかけてたよ。これじゃ、具合を悪くする人がでて
きちゃうよ。国境越えって大変。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.15
「7月19日」
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いよいよ中国に入った。ここで乗客が待ちわびていたものが見れる。万里の長城だ!
朝から今か今かとみんな期待している。アメリカ人のにーちゃんもガイドブックを読
みながら「OO駅を出て20分後に見えると書いてあるのになあ。」とぶつぶつ言っ
ているし。始めは通路で待っていたけれど、徐々に皆がコンパートメントに戻り始め
たころ見えた!万里の長城がああ。

慌ててコンパートメントにいた同室のイギリス人にも声を掛けるがつい日本語で
「あった!あった!!」叫んでしまった…。うわあ、これか…。期待していた通り
だ。結構、階段の傾斜が辛そう。モンゴル経由北京行きのシベリア鉄道路線は見所が
いっぱいだ。

PM3時近くには北京に到着。長かったシベリア鉄道もこれで終わった…。乗ったな
あ、約7日間だからなあ。しかし、みんなで今度はウラジオストックから逆走してモ
スクワまで行ってみたい、とか冬のシベリア鉄道にも乗ってみたいね、などと話して
いたのだが(ちなみに冬は真っ白で景色が見えないとの情報も)。北京でも送迎の人
が待っていてくれるので無事に合流してホテルに送ってもらう。そこで上海に行く切
符や日本へのフェリーの切符ももらう。ここから先はホテル等の予約はしてあって
も、送迎サービスはないので自力でやらなくてはならない。

しかし、北京にまで着いたのだから一安心。ホテルに荷物を置いてから、さっそく街
の探検に出かけ、地元民にまざって夕食を屋内屋台で食べた。


ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.16
「7月20日」
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今日は北京観光。紫禁城を見に行くが、ものすごい人。玉座のところなんかバーゲン
会場のようで じっくり見ていれない。紫禁城は広いので歩くのも大変。ラストエン
ペラーと西太后の世界…。

紫禁城の前で民族衣装を着て写真が取れるというのがあったので、思いきってMちゃ
んとやってしまう。紫禁城をバックに気分は中国美人。

そして繁華街をうろうろしてすごしたのだけれど、すごい屋台があった。串焼きのお
店なのだが、売っている具がすごい。肉やイカといったありふれたものからバッタら
しきもの、青虫、蠍まである。さすが 中国人、これを食べるんだ…。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.17
「7月21日」
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今日は上海に夜行列車で移動する日。5時の発車なので早めにホテルを出発すること
にして、3時にはホテルに戻ることにした。朝はゆっくりしていたのであんまり観光
の時間はない。で、また街をぶらぶらしてファーストフード系の麺屋さんでラーメン
を食べる。

列車内で食べる夕食を購入してから、ホテルに戻る。ホテルからタクシーに乗って駅
に向かうが ここでハプニングが。

一昨日、送迎のおっちゃんは言った。
「北京西駅からですからね、北京駅じゃないから間違わないで」
しかし、列車は北京駅から出るのだった。おっちゃんが間違っていたようである。気
がついたのは北京西駅に到着してからだった。えええー、というかんじだったが、幸
いにも時間に余裕を持って早めに出ていたので北京駅には30分前には着けた。も
し、早めに出ていなかったら…。どうなっていたんでしょうねえ。

さて、上海行きの夜行は驚くほどぴかぴかであった。中国の列車だからとあんまり期
待していなかったのにびっくりである。(後から知ったが、これは特別で、地方の夜
行列車は相当ハードなようである。)列車の絨毯はふかふか、トイレもイイ感じ、洗
面所があるので(洗面台も3つもついている!)シベリア鉄道の時のように歯を磨く
ためだけに
キューに並ぶ必要が無い。サモワールもある。コンパートメントの中はアメニテイ
セットもあり、ごみ箱もある。驚く事に枕元には一人に一台テレビまで!恐るべし 
中国の列車。

この車両は他には日本人の団体さんが乗っていて日本人村状態だった。私達は今回は
その団体さんの添乗員さん(♀)と同室になったのだが、年齢も近いし、彼女から添
乗員さんの裏話が聞けて大変おもしろかった。

 


ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.17
「7月22日」
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朝に8時に上海に到着。あいにくの雨である。雨の中の荷物を持っての移動はなかな
か大変。止むのを待つけれど なかなか止みそうに無いので歩き出す事に。
 
しかし、私達には地図がない。わかっているのはホテルの名前とそれが駅の近くとい
う事だけ。地元の人に聞きながら進んでいくが やはり迷ってしまった。こちらが中
国語を喋れないので 身振り手振りが重要なポイントなのだが…。「こっち?」と聞
いても うんうん。「あっち?」と聞いてもうんうんと頷かれるので結局どっちだか
わからない(笑)。みんな 違った方向を指し示すしさ。

重い荷物を持って うろうろした挙句 やっと見つけた。ホテルの名前と手元にある
書類に書いてある名前が微妙に違っていたのだ。 ホテルに着いてから さっそく街
をうろうろするが上海はごちゃごちゃしていた。結局歩ける範囲のところで お買い
物をしたりして終わってしまった。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.18
「7月23日」
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 今日はいよいよ船に乗って日本に帰る日である。船は10時の出港なので
朝食の後ホテルからタクシーに乗って港へ。といっても港は川岸に
あるのだけれど。途中 手塚治虫の描く未来都市のようなビルが見えてくる。
まわりとの調和なんかお構いなしの“それぞれ目だってやる”
といった感じのビルばっかり。

 港に到着したが、ちょっと暗―く 寂しいところである。待合室に大勢お客が
待っているので 間違えてはいないというのはわかったが。
 出国手続きがはじまって つつがなく船に乗るところまで来た。
これに乗ってしまえば後は日本。もう何にも心配することはない。

 大阪まで行く蘇州号は とってもいい感じの船だった。乗務員さんは
中国人だったが みんなにこにこしていて 明るく迎えてくれた。
案内された客室は 最低ランクの部屋なので 雑魚寝の大部屋である。けれども女性オンリーで 和室の畳敷きなのでとってもリラックスできた。
お隣の男性大部屋は 洋風で40人位の吹き抜け状態なのであんまり
居心地がよさそうではなかったけれど。他にもYHのような2段ベット部屋、
ホテル並の二人部屋なんていうのもあった。

 さっそく甲板にでて タイタニックごっこをして 船をあちこち
探検しているうちに出港になった。そしてすぐに昼食の時間でる。
この船にはカップラーメンも自動販売機で売っていたが 日本食・中華料理・
洋食と味わえるレストランがついていた。値段も安く(味はまあまあ)、
いろんなメニューがあるので満足できた。

 夜には 本当は1等客室のお客しか使えない大浴場に入って 
久々の日本式お風呂を堪能。しかし、その晩はちょっと船がゆれていたようで 
Yちゃんとasatonは船酔いしてしまった。明日もこの調子だったら
どうしよう…。
 しかも7時にロビーのTVで見たNHKニュースでは 台風情報をやっていて
ちょうど私達の船のコースを台風が直撃するようなのである。
日本人は「ええー、うっそー!」、中国人は「アイヤ―」、
西洋人は「Oh、My God!」なんてそれぞれに叫んでいる。
大丈夫なのか この船…。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.19
「7月24日」
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 朝は否応無く早起きした。朝食が含まれているので 食いっぱぐれたくないし
なにより9時からビデオ上映会がロビーであるのである。昨日の夕方から
日本のドラマを上映してくれていて 3人ともこれにすっかり
はまってしまったのである。
「WITH LOVE」という田中美里と竹之内豊主演のメールを通じてお互いに
好意を持つのに その相手が近くにいるのに気がつかないというなんとも
じれったいストーリー。
 Asatonは日本でこれを放送時に見ていたのだが またはまってしまった。
MちゃんとYちゃんは初めて見たのだが、「最後まで見ないことにはこの船は
降りられない。」と言い熱心に見ていた。
 思わぬ時間つぶしであった。他にも卓球台や 日本の雑誌が読める
読書室なんていうのもあったのだが。
 昼食を食べて、再び始まったビデオを見て その日の午後は終わった。
船はいいなあ、娯楽はいろいろあるし、お風呂もある。
何よりトイレが閉まる事が無い(笑)。
 今日は船が揺れなかったせいか、船酔いをしなくてすんだ。揺れなければ
船は最高。

 夜になると 関門海峡にさしかかった。
本当ならここは通らないはずなのだが ちょうど台風が接近しているので 
航路を変更したらしい。そのおかげで 台風には遭遇しないですんだ。

ASATONのドキドキのシベリア鉄道体験記NO.20
「7月25日」
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 昨夜から日本が見えていたので 日本に帰ってきたなあとは思っていたが
いよいよ大阪に上陸である。
 長かった旅もこれで終わりか…。
重い荷物を持つことも 宿探しすることもないんだなあ。
 船が到着し下船する。税関を通り 無事に日本にたどり着いた!
WE DID IT!

 とはいっても 家に帰るまでは気を抜いちゃいけないんだけどね。
ま、パスポートを盗まれても足止めをくらう心配はなくなったな。
 体調をくずしかけたりと、MちゃんとYちゃんには心配かけたり
迷惑をかけたりしました。本当にいろいろとありがとう!
 ちなみにこの後 Yちゃんの大阪の実家に一泊ご厄介になりました。
重ねてありがとね。

 翌日 Mちゃんは長距離バスに乗って広島に、
asatonは大阪在住の友人と再会して宝塚を観劇して
27日の誕生日に実家に帰りつきました。

終わりに、、、

 こんな大冒険旅行は もう2度としないかもしれない。
貴重な青春の一ページです。
 みなさんに 少しでも雰囲気を味わっていただきたくで 
また 自分達の貴重な旅の記録として残したくて 
こんなに膨大な量になってしまいました。

 最後まで 読んで頂いてありがとうございます。
 
 あー、またどっか行きたい…。


                       ASATON